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[コメント] 華麗なるアリバイ(2008/仏)

心理劇としての構造には興味を惹くものはあるが、フランスらしい簡潔さというべきか、各人物間の関係図の線上を役者に辿らせて終わりといった感があり、あまりに淡白。悪しき主知主義。シネフィルのヒッチコックごっこにも「またか」とアホらしくなる。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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探偵ポアロが登場しないのは、原作者アガサ・クリスティ自身が執筆した舞台版の設定らしいが、『ホロー荘の殺人』という原作自体を未読なのでボニツェールが何をどうしたのかは知らない。簡にして要を得たカット割で小気味よく話は進むが、どこかドラマ的な焦点が合わぬままに迎えた終盤は、あぁこれもまたインテリ・フランス人のヒッチコックごっこなのかと呆れるシーンが矢つぎ早に展開。

殺されたピエール(ランベール・ウィルソン)が精神科医であることや、彼と不倫関係にあるエステル(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)が、彼を殺した妻・クレール(アンヌ・コンシニー)を庇うために凶器の拳銃を隠していた場所が、ピエールが妻に贈ろうとエステルに注文していたという、クレールをモデルにした彫刻であったこと、また、嫉妬に駆られたクレールがその彫刻を叩き割ったことでクレールの最終的な破滅が訪れる結末、等々。ラカンに多少かぶれた人なら精神分析的にあれやこれやのシーンについて意味づけが出来るだろう。劇中の各人物の行為そのものが、ピエールの台詞にあった「二重拘束(ダブルバインド)」として解釈も可能。エリアーヌ(ミウ・ミウ)が悪夢を見、マルト(セリーヌ・サレット)を起こしてそれを報告しながらも、夢の内容そのものは、恐ろしくて口にできない、というシーンから始まるところなど、いかにも意味ありげで、殺人の真相が見えないが故に、他者と言葉を交わし合わずにいられないという、劇中の各人物の行動を予告していると見ることもできる。だが、そうした構図が描きうるのだから、エリアーヌの存在をうまく活かすやり方がもっとあったようにも思えるのだが。

ピエールの過去の愛人としてレア(カテリーナ・ムリーノ)が現れたことで、エステルにとっては、エステル自身に嫉妬を感じて然るべきクレールの立場に、自らを重ねられる面が生じたこと。レアの運転手・ミシェル(ダニー・ブリヤン)が容疑者として一度は浮上しかけた際に、それまで陰の存在であったミシェルが、むしろ抑圧されていたが故にその裏の情念を想像させる存在と化すこと。だが、最初に容疑者として警察に拘束されさえした「哀れな女」クレールが、そのために却って容疑を薄められていたが、結局はやはり真犯人であったことで、観客にとっても彼女が、受動的で無力な「哀れな女」として、或る意味、抑圧された存在であったことが痛感させられること。その反面、クレール自身が「哀れな女」を見事に演じていたが故に、彼女が早々に容疑者リストから除外されたこと。――いや、実に逆説でいっぱいですね。紙の上=脚本の段階ではいかにも面白そうな構造に思えたのだろう。だが、その面白さが明瞭な形で映像化されていたかといえば、否。

フィリップ(マチュー・ドゥミ)が、アルコールへの依存だか何だかで記憶に曖昧な点があり、それが、彼が自身を犯人として疑うことへと導いていること、また、ピエールの患者であり、「彼の最愛の女性」と評される老女・ジュヌヴィエーヴ(エマニュエル・リヴァ)が、記憶の回復の治療を施されていながら、記憶が戻ることを恐れていること。アンリ(ピエール・アルディティ)が、夥しい銃のコレクションを所有していて、それが館全体を死の予感に包み込んでいることと、その一方でアンリ自身は、「弾が空だろうと、人に銃を向けてはいかん」と語ること。この辺にも逆説めいた構図が見てとれる。とはいえ、ヒッチコックのような、鋭利に研ぎ澄まされた論理性とは違って、本作は、いかにもフランスらしい感覚的な洗練の中に、あまりにも控えめに論理を潜ませ、散りばめているといった格好で、結果的には全てが半端になっている。ヒッチコックならばもっと、論理的な構造が人間を操り人形と化する冷酷さや、乾いた毒を有したユーモアなどを描きえただろう。そこはやはり、無償の悪意と茶目っ気が合致した、いかにもイギリス的な感性というべきで、それをフランス人が模倣しても、その感覚的なセンスが却って、作品の重心を妙な方へ拡散させてしまうのだ。

マトリックス・リローデッド』でよく印象に残っていたランベール・ウィルソン。あちらで演じていたメロビンジアンが、フランス語を称讃しているのか嘲弄しているのかよく分からない台詞を吐いていたのが記憶に鮮明なので、フランス映画で普通に演じている姿にはどこか妙な印象を受けてしまったが、彼のあの、知性的な眼差しと対照的な厚い唇の官能性が、ピエールという人物によく合致していたようにも思えた。

(評価:★2)

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