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[コメント] 空白(2021/日)

日本版『スリービルボード
deenity

**ネタバレ注意**
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吉田恵輔監督って毎回高水準で安定したクオリティの作品を作ってますが、本作はもう文句なしのどストライク作品でしたね。感覚的には橋口亮輔監督の『恋人たち』を見た時に近いですかね。あの何とも言えない余韻が最高によかったですね。

まず物語のきっかけとなるのが添田の娘、花音ちゃんをスーパーの店長である青柳が万引きで捕まえ、そこから逃げ出した結果事故死してしまうことから始まります。

とりあえずここの描写で思ったことがまず2点あって、一つはこれ万引きしてるかどうか限りなくグレーだよねってこと。タイトル通り「空白」の一瞬というか、たしかに手に取るところまではいったけど、怪しいとまで思うところすら行かないわけですからね。さらに言えばあのままバックヤードに連れて行って何があったのか、すら明確ではない。 これ以降フラッシュバックしたりすることもないですし、明らかに意図的にそこは避けていましたね。そこがどうかが重要ではないということなのでしょうし、この辺りなんかからは『スリービルボード』を連想もしました。 また、想像以上に事故シーンはエグかったですね。露骨に目を背けたくなるとかではないですが、しかし生々しさはあって、かなり印象的な冒頭だったと思います。

本作は群像劇のように様々な人物が映し出されます。当然青柳や添田はもちろん、スーパーの草加部や添田の元嫁、若手の野木、最初に跳ねてしまったドライバー。もうとにかく誰に対しても感情移入できるというか、作品全体に漂う刺々しい空気感がそうさせるというか。 それを生んでいるのが間違いなく古田新太さん演じる添田というキャラクターの乱暴さにあるわけですが、娘を失ったショックによるものとかではなく、誰彼問わずただひたすら攻撃的な人間性というのが印象的で、それ故にラストの清々しさに繋がっては来るのですが、しんどい作品になっているのもまた事実。まあ一言で言えば名演技でしたね。

さっきは事件の真相云々は重要ではないと言いましたが、その全貌が不明確であるからこその感情の揺らぎとかを本作はうまくコントロールしていましたね。逆説的に言えば、全貌の一部を切り取って伝えるメディアという物に対しては怒りを覚えますし、かと言ってじゃあ全貌を知らないのに擁護できるかと言ったらそうでもなくて。

一方で、メインの二人もそうですよね。表面的に見れば添田はやはり同情すべき人物ですが、あれだけ攻撃的であればさすがに同情もできませんし、実際娘のためと言いながら全然娘のことを知らないという事実。また、その添田に付き纏われて嫌がらせも受け、同情させられるような作りではあった青柳も、事実痴漢が、ロリコンが、という噂も流れ、彼自身がはっきりしないからこそ闇雲に同情もできない。 事件の一部分だけではわからない、全貌が見えてくるからこそのこの揺らぎ。まさに日本版『スリービルボード』なんですよね。象徴的なのが草加部を演じた寺島しのぶさんですかね。あの下心ある感じとはいえ、正義感を押し売りしてくる感じ。正義とは何?善悪の曖昧さ、みたいな物を体現しているキャラクターでしたね。

結局読み取れる部分だけで情報を読み取ろうとする。本作はそんな性質をうまく利用していますよね。だから最初に抱いた各キャラクターの印象ってのが終盤にガラッと変わり、裏切られた瞬間に感動が生まれていました。

特にズルいのは轢いたドライバーの娘の母親を演じた片岡礼子さん。あれは反則ですよね。あの流れであの空気感で「俺は謝らねえぞ」というファイティングポーズを取られた後に出る言葉ではないんですわ、あれは。自分の行為を否定される、ものの見事に添田に突き刺さる言葉でしたからね。 また、藤原季節演じる野木もズルいですよね。あれだけ突き放された彼自身が発した言葉。いかに相手を赦せるか、なんですよね。 特に野木のキャラクターはデカいですよね。あの絵画のモナリザのくだりは笑わずにはおられんでしょう。作品の空気感が変わってくる名シーンでしたね。

それを受けての添田の変化というのがまた感動させられますね。亡くなって初めて全然娘を理解していなかったことに気づいた自分。そして、知ろうとし始めて絵画を始め、漫画を読んで。全然理解できていなくて、もうどうにも縮まることのない親娘の距離感が、ひょっとして同じ物を見ていたのではないかと思わせるラストシーン。最高でした。

一方で、予想外のところからの赦しに救われたのが青柳でした。彼の場合は全ての行為から防衛することしかできなくて、全ての人を信じられなかった彼が、まさかの角度から救いの手が差し伸べられるというラスト。もう本当に最高でした。

(評価:★5)

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