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[コメント] PERFECT DAYS(2023/日=独)

「何で同じようにいれないのだろう」とママは呟く。でも、そうじゃないのが人生で、それでも繰り返される日常をどう過ごすのかが大切で、だから平山の日常はあんなにも魅力的なんだと思う。
deenity

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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カンヌでは役所広司さんが主演男優賞に輝き、アカデミーでも国際長編作品としてノミネートされていて、個人的には初のヴィム・ヴェンダース作品ということもあり、何としても見たかった作品。 比較対象がないからヴィム・ヴェンダースらしさってのはわからないですが、しっとりと心に沁みてくる感じは良かったですね。そこに役所さんのあのいい表情が何ともハマってました。主演男優賞も納得でしたね。

主役の平山は一人暮らしのアパート住まい。朝は近所の道を掃く箒の音で目を覚まし、植物に水をやり、身支度を整え、家を出る。車に乗り込む前にコーヒーを一本買い、スカイツリーを眺めつつ、カセットテープをかけて仕事に向かう。 仕事は東京のトイレ掃除。決して綺麗な仕事ではない。周りの利用者には相手にもされない。泣いてる子どもを気にかけても、汚い物扱いされることもある。同僚の若者は無駄口が多く、やたらと絡まれる。それでも一切手を抜かず、彼の掃除するトイレはいつも綺麗である。 昼食には神社のベンチでサンドイッチと牛乳。上を見上げ、木漏れ日をカメラに収める。仕事終わりには銭湯に行き、夕食はいつもの店で酒を飲む。寝る前には読書をし、眠くなったら目を閉じる。

そんないつもの日常のルーティン。ただただ繰り返される平山の日常。しかし不思議なことに、ずっと見てられるほど魅力的なんですよね。決して余裕のある暮らしとはいえない。トイレ掃除なんて誰も好んでやりたがらない。でも、平山のあのささやかながら微笑むあの表情、時に上を見上げるカットなんかも大事なんだろうな。とにかくそういういろんな要素が、質素で平凡な平山の日常に幸せを見出し、何なら羨ましさすら覚えてしまうわけです。

ただ、人生は同じような日々の繰り返しとはよく言いますが、一方ではそうでないからこそ面白くもあり、それは平山にとっても例外ではありません。 同僚の若者は失礼な奴ですが、恋をしたり障害のある少年に対して優しい面もあったり、振り回されつつも悪い気はしていなかったりする。同僚が狙っている女の子はカセットの魅力がわかる子で、ドキッとさせられることもある。急に姪が訪ねてきて喜ぶこともあれば、過去を振り返って泣きたくなることもある。同僚が突然辞めたのには振り回されっぱなしで腹も立てる。通い続けた店のママが抱き合ってるのを見て動揺して、その元旦那と一緒に酒を飲むなんてこともある。

店のママを演じた石川さゆりさんが言っていた「何で同じようにいれないのだろう」ってのはある意味理想的なような気がするけれど、でも理想的な日常を過ごすだけが幸せではない。 繰り返される日常だけど、決して同じ日なんて二度とは来ないのだから。だから「死ぬまで何もわからないまま」と呟いた元旦那(三浦友和)に、「やってみましょう」と声をかけるのだ。

平山の過去に何があったかなんて描かれませんし、それは見手の想像の余地でしょう。でも人それぞれ傷のない人生を歩んだ人なんていないわけで、そういう過去のしがらみなんかも全てひっくるめて今がある。何気ない日常だけど、二度と来ない今という瞬間を大切にする、そんな日々の中に幸せを見出せるような生活。だから平山の日常はグッと惹きつける魅力があるのだろうと思います。

平山が木漏れ日をカメラに収め続けた意味。最後に示される解説文に、平山の日常を重ねずにはいられませんでした。

(評価:★4)

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