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[コメント] 月世界の女(1929/独)

失われたSFの愉しさ。例えば月の裏側に大気があるというロマンは、失われてしまったが29年時点ではリアルだった。そのうえに構想された、当時だからあり得たファンタジーの想像力。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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この科学的知見の映像化が美味しい映画。無人ロケットは月探索済なのだ。ヴィリー・フリッチュってどういう人なんだろう。組織にいるようではないが金満家なのか。宇宙船に縄梯子で登るのがいい。大量のつり革は何か生々しく、ベッドで苦悶して大気圏越えるのも生々しく映画は盛り上がる。三段ロケットはアポロと同じで嬉しくなる。無重力で少年が天井にぶつかるショット、飲料が球のように宙に浮くショットなんかいい。しかし、船内は酸素ボンベの空気で満たされているという想定なのだろうが、それで無重力になるのだろうか、ちょっと疑問だった。潜水服みたいな宇宙服はリアル。私的ベストショットは月面を斜めに落ちてゆくロケット。窓からクレーター流れる月面が見えるショットもいい。

演出はとても緩慢。現代の感覚で演出編集すれば三分の二の長さになるだろう。隣人の電話借りて、相手方の反応が遅いのでイライラして、無意識のうちに脇に置いてある花瓶の花を鋏で丸坊主にしてしまうギャグがあったが、観客も似たようなイライラを味わうだろう。そしてギャグは間延びして笑えないのだった。しかしラングはこの緩慢なリズムを積極的に行っている。ロケットが格納庫から出てが発射台へ向かうこの緩慢さはどうだ。引き延ばせば延ばすほど映画は面白くなると確信しているかのようだ。

月にまで行くのだからありきたりの三角関係などではなくて、何か別のものを観せてくれ、と云いたい話が全体を覆っていて地味である。だがスリラーはターナー登場から面白くなる。アメリカ移住後のラングが連発したナチス・キャラ、というより、82分けの頭髪の彼はとてもヒトラーに似ている。しかしこの人物、名刺にシカゴとあるからアメリカ人であるのが興味深い。後のラング作と、ドイツ・アメリカの関係が逆転していることになる。彼の変身はマブセ博士よりずっとスマートだ。

水脈探査器の針金で月面を放浪する老博士は金の亡者のように死んでしまうのだが、冒頭に示された月探査の動機は博士のためだったはず。月に着陸せずに帰還を主張するグスタフ・フォン・ヴァンゲンハイムも何で同乗したのかよく判らない。少年にロケット操縦させるのは、まあ少年向け映画と考えれば愉しい体験だろう。

無表情ぎみのゲルダ・マウルスはいかにもラングらしいヒロインだった。緩慢を繰り返した挙句に突然やってくる省略し過ぎのラストが素晴らしい(酸素タンク損傷のため居残ったフリッチュ行動に従った)。愛に説明は不要なのだろうか。

冒頭にフィッツ・ラング・フィルムのロゴ。OPの字幕に「人間にとって不可能はない。発展途上だ」。なお上映館によれば「つきせかい」(「げっせかい」ではなく)と読む。

(評価:★4)

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