コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] カンサス騎兵隊(1940/米)

仕方のない奴隷制度賛美映画でアメリカ史の基礎資料の趣。トランプが云う「古き良きハリウッド映画」の筆頭格だろう。デ・ハヴィランドロナルド・レーガンの政治共闘も見たいものではない。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







OPではリパブリック賛歌(「ジョン・ブラウンの歌」)など流して空々しく中立公平を匂わせるがその実一方的で、両論併記は詭弁に過ぎない。

本作の南部の主張はずいぶんブレている(好意的に見れば逡巡している)。冒頭、兵舎でのジョン・ブラウン(レイモンド・マッセイ。肖像画とそっくりだ)支持者のレイダー(ヴァン・ヘフリン)との奴隷論争で、主人公ジェブ(エロール・フリン)は「南部には独自の思想がある」と云う。ロバート・E・リー(モローニ・オルセン)は奴隷制度反対の咎でレイダーを除隊させる。

ジョン・ブラウンの息子(ジーン・レイノルズ)は父の活動を批判する。「神は殺し合えとは云わないですよね」。娘役のデ・ハヴィランドは同意する。「正しい信念だけど、やっていることは間違いよ」。正しい信念? これを聞いて息子はブラウンの秘密拠点を漏らす。彼女の「正しい信念」は本心か、息子を引っかけるための方便か、このシークエンスでは不明だ。さらに、この息子の件は史実ではない。

ジェブは云う。「南部はプライドを失わず、独自で解決する」。ブラウンに捕えられたジェブはブラウンを説得する。「バージニアでは黒人は解放された。これが広がるのは時間の問題ではないか」。ブラウンは「待っている時間はない」と跳ねつける。ジェフも先のデ・ハヴィランド同様、奴隷解放が「正しい信念」と信じているのか、それとも方便なのかよく判らない。全ては曖昧に運ばれるが、結局はジョン・ブラウンの処刑を満足に見送ることになる。

ロバート・E・リーを傍証するべきか。彼はこのときまだ連合国の軍人で、ウェストポイント兵学校の卒業式には合衆国の陸軍長官が出席するのは正確。「諸君の義務はアメリカだ。人権遵守だ」という祝辞は皮肉に響く。E・リーはこう云い残している。「彼ら(黒人)が経験している苦痛を伴う規律は人種としてさらに教導するために必要であり、より良い状態に進むための準備だと私は願う」大統領あて書簡とのこと。

「目には目を」と開戦を決めるジョン・ブラウンは狂信的の印象を与える。アメリカの奴隷解放史は暴力の連鎖の歴史であり、当然その殆どが南部白人から奴隷黒人になされた。ジョン・ブラウンの活動だけに矮小化して、北部白人の狂信家一派だけが暴力活動をしたと印象づける本作は作為的である。ジョン・ブラウンの評価は現在も揺れ動いているらしく、少なくとも本作で判断するのは狂っている。

次は悪名高い件で、ブラウンに解放された黒人は「ただ解放するだけですか」と問う。「食料は。住居は」ブラウンは自立せよと云うが、ジェブを手当てする黒人は「カンサスに帰りたい」と嘆く。「ブラウンさんは私たちに自由を約束したけど、.これが自由なら、これっぽっちも欲しくない」。米軍や原発、悪徳企業などに経済的に手足を縛られた住民たちの嘆きと、これは余りにも似ている。本作は、不正でも喰えたほうがいい、という奴隷の生涯を支持するのだろう。

さらに映画は黒人奴隷逃亡結社の地下鉄道を批判、というか悪印象で塗りつぶそうとしている。拠点は「悪の巣窟」とまで字幕で語られ、ゴロツキの住む町として描写される。この運動の指導者は黒人だったが、まるでジョン・ブラウン一派の白人だけが指導していたように描かれている。前半でジョン・ブラウンの息子が汽車に乗せて捕まっているが、あんな間抜けな逃亡ではなく徒歩と荷車だった由。そういえば、トランプはハリエット・タブマンの肖像の紙幣採用を拒否していた。

物語はレイダーが報酬を払わないジョン・ブラウンを売る極悪人として描かれ、極悪人との比較でジョン・ブラウンは比較的まともな人という印象を与えようとしているのが判り安過ぎてダサい。レイダーが冒頭の兵学校で「あいつ殴ってやろう」みたいな物騒な会話を背中に受けているのも何か恐ろしい。史実としては、レイダーは存在しなかった。

映画は列車のなかでの集団結婚で終わる。このニューメキシコ州への鉄道が開通したのは、映画の架空の出来事から20年後の1879年になってからの由。本稿の史実チェックは英Wikiによる。映画の中盤に、兵士たちはお互い敵対するというインディアンの占い師が予言する件があり、映画単体では意味不明だったが、そういう史実があるのかも知れない。映画はその他は、他愛のない三角関係とパッとしない二人組のコメディから成る。

(評価:★1)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。