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[コメント] 浪華悲歌(1936/日)

官憲など庶民の敵という認識をミゾグチがブレヒトと共有していた動かぬ証拠。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







志賀廼家弁慶の告発を受けてとんでもない喜劇的なスピードで山田五十鈴の逮捕に赴く警察を、ミゾグチは全く信用していない。三百円の金は志賀廼家が山田を妾にするための手付金であり、しかもこの解消は志賀廼家の家庭の事情によるのだから、山田が関係の再開を断ったことをもって山田だけが警察にお咎めを受けるいわれは全くないのである。しかし御用警察はそうする。

このように、官憲及びマスコミは資本家の味方であり庶民の敵である、という認識をミゾグチはブレヒトと共有していたし、ゴダールが彼を尊敬したのはこの点にもよっている。本作は当時、差別に反抗する映画と褒め称えられたのだから、多くの映画人もこの観点を共有していたのだ。彼はデヴュー早々に傾向映画もつくっているし、このスタンスは(翼賛映画を除いて)遺作まで手放されることはなかった。彼の引いた反官憲という道はヤクザ・ポルノ映画とその後進にまで続いている。ところが子供の頃から民主警察の宣伝しか知らない若い人たちにかかると、山田が好き勝手やって自滅する映画に見えてしまうらしい。そうでは全然ないのである。

もちろんこの反抗は造反無理というやつだ。山田の取り繕うことなくポンポン本当のことを云う造形は秀逸、彼女こそ宮下順子芹明香のお母さんである。云い負かされる父親竹川誠一やその一家の「敷居を跨がせない」という当時らしい世間体の取り繕いは実に暗い気分にさせられる。撮影は冒頭の夜明けのネオンサインからしてすでに高レベル。窓越しの長回しが二か所、パンフォーカス、名高いラストの橋の件(唯一山田のアップが撮られる)いずれも映画史に残るシーンであるが、個人的に特に好きなのは地下鉄の件。山田が恋人にあうイソイソした身のこなしから、ホームで妹に会う暗転、そして地上に出たときのシュールな陽の光。抜群の呼吸である。

上演される浄瑠璃は「野崎村」、ひとりの男を巡る女の嫉妬を扱っており梅村蓉子の心情を茶化していると受け取ったが、もっと深い意味があるのかも知れない。

(評価:★5)

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