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[コメント] 動乱(1980/日)

雪の二重橋へひとり土下座する健さんというやり過ぎ。本作を観て原作の澤地久枝はどんな反応を示したのかだけは調べてみたい気にさせられた。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







昭和7年仙台。軍曹の小林稔侍永島敏行の脱走兵を任意で拳銃口に咥えさせて自決させようとする。彼の暴走の理由は問われず、最初から胡散臭い。永島は姉の吉永小百合が女郎に売られる日に脱走したはずなのに、軍法会議後もまだ家にいるのが理解できない。朝鮮北方の会寧に於いて、女郎屋の親爺を朝鮮人(左とん平)にしているのは正確な情報だろうか。彼は軍の黙認で軍物資を略奪までしている。

映画は軍隊を馬鹿にし、皇道派の純粋さだけを浮き彫りにしようとしている。皇道派に田村高廣、統制派に佐藤慶小池朝雄という判りやすい配置(憲兵隊に戸浦六宏)。駅で吉永を泣かせるエロ軍人は阿藤海か。満鮮国境、匪賊討伐隊(という呼び方をしている)、弾薬切れてぼろ負けして、国軍の改革を訴えた高倉の書簡を破り捨てる佐藤慶。昭和9年、統制派水沼(天津敏)が軍務局長に就任、「4月11日、三菱重工業が設立され、統制派による戦争準備のための三軍体制が押し進められた」。三軍体制とは陸軍海軍と軍需の三軍ということなんだろう。勉強になった。米騒動、帝人疑獄事件、斎藤内閣総辞職。

第一部は50分弱で終わり第二部、昭和11年。ちゃっかり吉永と所帯持っている健さん。いつもの「今や直接行動以外に何がある」「時期尚早だ」な論争。夜に吉永に廊下から声かける健さんの障子の影がトリッキーでいい。本作、吉永絡みでは幾つもいいショットがある。何でふたりは別室で寝ているのかの謎かけ。「汚れているから抱けないんですか」「このお金で私を抱いてよ」と女に云わせてしまう砂浜の愁嘆場は新派劇そのものである。健さんは不能だろうか。古い奴等の女嫌いの系譜が寅さんなどを想起させる。それだけに、決起直前に抱いてしまう展開は脱線に見えるのだった。二二六に健さん興奮したのだろうか。コンサートが成功して無茶苦茶興奮して楽屋でやりまくる内田裕也と一般である。

東北の凶作を強調するのも類作通り。「昭和維新のために」と長老から貰った日本酒呑んで、決起は午前4時頃に野外演習とか云って出発している。『226』では午前零時に開始していたがどっちが本当だろう。天皇が認めたとゴキゲン取りで一旦伝えたがその実天皇は激怒して戒厳令、皇道派の大将裏切るいつものパターン。即決裁判に死刑将校のひとりが「こんな不条理な裁判があるものか」と怒っているが、それはそうだろうと思う。処刑されて鉢巻が日の丸になる美術は趣味が悪い。

「二・二六事件を契機に/軍部独裁のファッショ政権を/確立した日本陸海軍は/それから一年後/中国と全面戦争に突入し/以後、第二次世界大戦へと/青年たちは次々と/戦場へ刈り出されていった」という最後の字幕は、決起将校たちはそれを阻止しようとした、という含意が感じられる。それは違うだろうと思うが、佐分利信『叛乱』などもそんな切り口で撮られているらしい(未見)。

吉永小百合はすばらしくよく撮られている。「侍ニッポン」で踊る綺麗なお姐さんたちとのバストショットがいいし、手首切って雪に投げ出される美しいショットがいい。健さんが病気から治ったときのひとりになっての微笑みもいい。健さんが獄中でも着物つくり続けているのが新派劇らしい収束であった。なんでこんな映画に参加したんだろう。米倉斉加年の憲兵は生煮えで退屈、彼としても澤地久枝の原作という企画段階で参画して裏切られたのじゃないのか。澤地がこんな「英雄」礼賛をするはずがない。

1931年生まれの森谷に戦争体験はない。彼の唯一の東映映画。ヤマサツと多く組んだ山田信夫がこういう作品に参加したのは時代なんだろうか。戦闘区域付近の住人は銃声のする方向に遮蔽物を置け、とラジオが流れているのは、高峰秀子が布団を壁に当てたと書いているのと照合できる。シナノ企画は創価学会傘下、代表作は『人間革命』『砂の器』『八甲田山』など。「沢井信一郎」助監督とある。

(評価:★2)

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