早春(1956/日)ファンのコメント
| 早春(1956/日)が好きな人 | ファンを表示する |
| kionaのコメント |
| 早春(1956/日) | 大きな流れに身を委ねて生きている人々も、穏やかな水面下にそれぞれの激情を隠していないことがあろうか。人の感情を木に喩えるなら、最近の文芸映画は枝葉の部分こそ本質と妄信し、徐に特殊な枝葉を描かんとするが、小津は幹しか描かない。常に同じ幹のみ描き、そこから無限の枝葉を想像させる。 | [投票(3)] |
| CinemaScape−映画批評空間− | 表紙 | 映画目次 |
| 早春(1956/日)が好きな人 | ファンを表示する |
| kionaのコメント |
| 早春(1956/日) | 大きな流れに身を委ねて生きている人々も、穏やかな水面下にそれぞれの激情を隠していないことがあろうか。人の感情を木に喩えるなら、最近の文芸映画は枝葉の部分こそ本質と妄信し、徐に特殊な枝葉を描かんとするが、小津は幹しか描かない。常に同じ幹のみ描き、そこから無限の枝葉を想像させる。 | [投票(3)] |