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[コメント] トゥー・ウィークス・ノーティス(2002/米)

「ガサツでチャーミングな女性」、「ナイーブな女たらし」と、近作において路線転換した主役の2人が、それぞれその転換した役柄を演じる。
Kavalier

どうも、作品に盛り込まれているプロットは大量に破綻しているのだが(両親・友人の使い方、豆腐等の生活習慣、メインの建築のエピソード、ライバル登場等)、それが逆に、日本の少女漫画なんかで使用されている、記号化された友人・家族構成を使用することによって、人物像(この作品の場合は、登場人物全員が愛すべきバカという設定)に説得力を与えるといった表現に上手く転換されている。これが作り手が狙って成功したのか、結果的な物かはさだかではないが・・・。

上記によって輪郭ある人物造型が与えられた主役2人による、なんとなく出会って、なんとなく付き合ってる状態になり、はっきりした付き合いをしない物だからなんとなく危機になり、なんとなく寄りを戻す、という伝統的なバカップルの痴態ぶりが非常に説得力を持って描かれている。例えば、相手の言葉を互い反芻しあうというレベル低い会話の多用、そしてトイレのシーンにはサンドラ・ブロックの役者魂に感動させられると共に、本作のプロデューサーも兼ねる彼女が、意図的にこのような作風を狙っている証拠とも読み取れ興味深い。そして、観客はそのバカップルぶりを見て、もどかしい思いをするということで、ラブコメとしての基本水準は大きくクリアしていると思われる。序盤から複線としてして使用していた、サンドラ・ブロックの両親の職業を利用して、窮地の落ちいったヒュー・グラントを救ってハッピーエンドを迎える作りを採択しなかったのはよく分からないが、私はあのエンディングも好きだ。というか下で書いているように、このエンディングを使用することで、NY賛歌なテーマが形骸化する恐れがあった為に、あえて避けたと好意的に解釈したい。

NY上空をヘリで飛びながら、主役の2人が著明な建築物について言及する会話を行なうといったシーン(このシーンは、前述の直前のトイレのシーンが効果的に作用して、バカップルの痴態という本作に限定したラブコメ的要素としても非常によく出来ている)等に現れている、作品のテーマ的な部分に話を移すと、ラストにヒュー・グラントが行なった愛すべき馬鹿げた行動と、知的でありながらドジな抜けている女性という役柄を演じたサンドラ・ブロックのおかげで、作品がパターナリズム的な物に落ち込むことなく、作品のテーマである、NY賛歌が上手く機能していると思う。

あとは、参入歌の使用方法はベタで少し閉口するが、ジョン・パウエルのスコアは非常に良い。パウエルは、アクション映画より、この手の路線の方が向いているのではないのか。

それはそれで、サンドラ・ブロックとアリシア・ウィットが、学友という設定にはかなり無理があるように思うな。ということで、本作がサンドラ・ブロック最後のラブコメになる可能性あり。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)sawa:38[*] ナッシュ13[*]

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