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[コメント] とらばいゆ(2001/日)

よい将棋を指して勝つことがすべて、という厳しい世界に身を置く瀬戸朝香が、「ダメな主婦だけど、ダメな棋士にはなりたくない」と意地をつらぬく姿を好演。その肩の力が自然に抜けていく、最後の二人のシーンは心に残る名場面。
シーチキン

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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平たく言えば、共働きで仕事をしながら主婦もしないといけない、そんな女性のアイデンティティにかかわる話だけど、それをさりげなく、リアルに、ユーモラスに描いた、小粒だけど良質の映画。細かいシーンにけっこう気を配る演出が成功していると思う。

特にヒロインの職業が女流棋士、というのがよい。劇中にも出てくるが、現状ではプロの将棋の世界においては、「女流」というのはプロといっても、男性しか正式構成員がいないプロ団体「日本棋士連盟」の、お飾りのように扱われている感はいなめない。

現実に、その男性プロにまじって辛うじて闘える女流プロはホンの2、3人にすぎないし、それも多くは負け越している。しかしそうであっても、やはり将棋のプロである女流棋士にとっては、仕事とは、「良い将棋を指して、勝つ」ということであり、この点では男性プロとなんらかわらないのである。

ちなみに最近ではさすがに公然とは言われなくなったが、一昔前の将棋のプロの世界、というのは「弱いやつはだまっとれ」というのが当然視されていた。

その世界で、しかも次々に若い才能が押し寄せてくるなかで、かつてはA級にいた誇りと意地をかけてB級で闘いぬく。劇中、27歳という設定の瀬戸朝香が十代の少女にボコボコに負かされる、というのもあったが、これは誇張でもなんでもない。

現実の将棋の世界、特に女流で研究の時間が少なくなったベテラン(27歳は十分にベテランなのだ)が、若い強者に追い抜かれていくのは、普通の話である。

そういう世界で、将棋が好きだから、そして将棋に勝つことがすべてだからと、あがきまくるヒロインの姿は共感できるし、そういう世界だからこそ、自分は弱い、とか弱いところがあるなんていうのを人に見せるのをトコトン嫌うのである。

実際、男女を問わずプロの棋士たちは、自分が一番強い、と思っているし、そのくらいの自信がないとやっていけない。なぜなら、将棋の世界は、勝ち負けが実にはっきりするから。

仮に負けても、次は必ず勝てる、と思えない人間はプロになれない。「コイツは弱いな」とか「たいしたことないな」と相手に思われた時点ですでにプロとして失格なのである。

だから、瀬戸朝香が負けつづけて、B級からC級に落ちそうになる、そして若い才能に追い抜かれつつある状況で、C級に落ちたら簡単には戻れないし、二度と戻れない可能性の方が大きい、という状況で、自分の人生を賭けてきた将棋では絶対に譲れない、と周囲と大ゲンカしてでも、意地を通すのは、プロとして、正しい生き方でもある。

そんな彼女の肩の力が自然に抜けていくのが、最後、空港から帰ってきたダンナ塚本晋也と楽しそうに将棋を指してて、急に泣き出すシーンじゃないだろうか。

上述のように、勝つことがすべてで、厳しいことばかりのような将棋の世界から、それでも離れられないのは、やはり、プロ棋士はもっと根本のところで将棋が好きで、将棋を指すのが楽しい、と思っているからだ。

だから、ダンナを相手に笑いながら将棋を指すシーンは、実にいい。好きな人と好きな将棋を指す。その素朴な楽しさが、自然に彼女の肩の力を抜いてくれるんだなあ、と心から思えた。だからラストで、彼女はダンナが左遷で海外勤務になっても、大丈夫だよ、と笑っていられるんじゃないかな。

(このシーンで私は、自分も会員となっている、チャットしながら将棋対局できるネット将棋のサイトを連想した)

オマケ★★★ダンナと二人で将棋を指すシーンで、初めてダンナは高校の時に将棋にはまってアマ初段くらいまでいったと話していた。まあなかなかのものだし、将棋を知ってるという程度の人が相手ならまず負けないだろう。ただ、さすがにアマ初段くらいでは、女流といえどもプロにはまるで歯が立たないだろう。

しかしこれが、全国大会優勝経験もあるような、少数のトップアマのクラスになると、下手な女流プロが相手なら、互角どころか、分がいいこともある。だから、瀬戸朝香演じる女流棋士たちは、アマ強豪の人をかえって嫌う習性があるんだろうなあ、と考えてしまった。そしてそれをなんとなく知ってるから、ダンナはそれを隠してたんだろうなあ。

(評価:★5)

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