[コメント] 突然炎のごとく(1962/仏)
簡潔明瞭で、くどくなく、観客の想像力の入り込む余地を思うさま用意しているのに、描かれている事件一つ一つのディテールはきわめて明確という、映画制作者が夢見る桃源郷が現出する。この夢に付き合った観客もまた幸せなのだ。
あの画面があとのこの場面で生きるのかという新発見を、何度見てもするだろう。稀有の繊細さと懐の大きさを同居させている。
どの画面も素晴らしいが、特に、気に入ったシーンをいくつか記録しておく。
(1) 山荘のシーン。「私を捕まえて」と突如飛び出すジャンヌ・モローをアンリ・セールが追いかけるシーン。光の定着のさせ方の夢幻のようなタッチ。
(2)同じく山荘のシーン、ジャンヌ・モローとアンリ・セールのキスシーン。生真面目なフランソワ・トリュフォーはキスシーンが大の苦手だそうだが、このシーンの愛らしい控えめさ。ジャンヌ・モローの横顔は完全にシルエットとなる。そして、ここでも、女の鼻に触れる男の指先というフランソワ・トリュフォー特有のモチーフが登場する。(食事シーンがよく出るが、食べるところがめったに出ないのもトリュフォーの映画の品格のように思う)
(3)戦争シーン含め、いくつか実写フィルムがある。この実写部分と映画撮影のために撮った部分とのつながり具合が驚異的に滑らかである。あえて映画撮影のために撮った部分に手持ちキャメラを取り入れるなど、カットとカットの間の断層を極力少なくする工夫が成されているからだろう。映画の奥行きがぐっと深くなる。
(4)時代設定は第1次世界大戦前後なので、いわば、時代劇であるが、セットの自然さも驚異的である。セット撮影ばかりにならないよう大きな俯瞰や空からの撮影なども織り交ぜられる。その結果、時代劇とは思えないような生々しさを帯びる。
(5)焼きの柔らかさも素晴らしい。ラウール・クタールの腕もすごいのだろうが現像の方(名前が分からない)の貢献が大きいのだろう。それにしても、二十数年前にこの映画を初めて見たとき以上にこの印象が強い。記憶では画調はもう少し硬かったように思う。DVDの方がオリジナル画質を再現しやすくなったと見るべきなのか、DVDマスタリングがさらにオリジナル画質を誇張しているのか、見たときのプリントが劣化しているのか、永久に解けない問題だ。
(6)ラストシーンで登場人物が坂道を降りていくシーン。この坂道の撮影がすごい。映画の幕を下ろすにふさわしい距離感覚で登場人物を捕らえている(登場人物が誰かはストーリーに関係するので名を秘す)
前にも描いたことがあるが、トリュフォー映画では、登場人物に対しての客観性を失う。自分の中で、激しく登場人物を応援したりののしったりすることになる。これが監督の腕というものだろう
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