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[コメント] クローネンバーグの デッドゾーン(1983/米)

てっきり凄いホラー作品だと思ってたから、本作を観たのは大分後になって、原作を読み終えてからでした。今から思うともったいないことをしたものです。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 『スタンド・バイ・ミー』の大ヒットがあるまでの初期のキングは完全にホラー作家としてしか見られておらず、その映画化作も見事なB級作品ばかりで、当時で言えば、キング=B級という図式が出来上がっていた。

 そんな中で本作のアナウンスがあり。本作の場合は純粋な意味でのホラーではないのだが、なにせクローネンバーグが作るのだから、当然グッチャングッチャンなホラーに仕上げられるのだろうと思われていた。当時私は原作を読んでいなかったので、キングとクローネンバーグという二人の名前を聞いただけで、「ああ、こりゃ凄まじいグロ作品になるだろう」と思っていたもの。

 ところが蓋をあけてみたら本当に意外なことにきちんとした人間ドラマに仕上げられていた。

 そもそもホラー作家として知られてはいても、キング作品がベストセラーになったのは、実際は細やかな心情描写にこそあった。だが、ビジュアルを重要視する映画ではその部分はマイナスにしか見られず、表現だけを強調した結果B級になることが多かったが、本作の場合、みごとに本質部分をとらえて主題を主人公の心情描写にとった。その部分をすくい上げたクローネンバーグ監督の描写は見事。ホラーとしてカテゴライズされているにも係らず、ちゃんと泣けるシーンもある感動作に仕上げられている。

 正直この出来の良さは驚かされるが、今になって考えてみると、やっぱりクローネンバーグらしさってのは確かにここにはある。

 この時期のクローネンバーグは“変質”を物語の主題にしていたように思われる。否応なしに体が変質させられてしまい、それにあらがいつつ、徐々にその事実を受け入れていく。その過程をねちっこく描いている内にホラーっぽくなってしまうのだが、この作品の場合、主題が肉体的な変化ではなく精神的な変化なので、描写は極めて抑えられ、自分の運命を静かに受け入れる姿を、時に激しく、時に静かに描いていくことになる。

 ここで描かれるジョンは傍目には狂人である。誇大妄想に取りつかれ、将来有望な政治家をテロによって暗殺した人物であり、歴史的には全く評価されるはずはない。かなり損な役割である。傍目で見えるテロリストを、それを彼自身の心情に沿うことで、彼がいかにビジョンを受け入れて行ったかを丁寧に描く。その変化の受け入れを同時に“観て”いくのが本作の醍醐味であろう。

 しかし本作でのウォーケンは凄い。やや無表情なのがウォーケンの魅力でもあるが、本作はその無表情の下にある苦悩が見事に表現されている。何というか、常に悲しんで見えるのだが、その深い緑色の瞳こそが本作の最大の見せ場とも言えよう。

(評価:★5)

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