[コメント] それから(1985/日)
漱石の書いたこの美しい台詞には教科書の中で出会った。どういうわけかその頃の私は、この台詞に心が震えるほどの感動を覚えた。多分その当時好きだった女の子のことをダブらせてたりしたのだろう。正直詳しくは覚えていない。けれど、これをきっかけに全篇が読みたくなり、文庫本を買ったことはよく覚えている。だから私にとっての夏目漱石は『吾輩は猫である』でも『坊ちゃん』でもなくこの『それから』なのだ。
やがて時が過ぎ、『それから』が映画化されることを知った。監督森田芳光、主演松田優作。なんとあの傑作『家族ゲーム』のコンビではないか! 私の心はまさに張り裂けんばかりだった。とにかくそれからは公開を待ち望む日々を送ったものだ。
やがて映画は公開された。世評は絶賛の嵐だった。それを耳にした私は「当然だろう」と安堵感を抱く反面「自分の目で確認するまでは」という思いを抱いていたのも正直なところだ。大きすぎる期待というものは抱くものではないということは当時の私でも分かっていたことだった。その思いは映画館の席についたときも変わらなかった。作中の三千代の台詞ではないが、もし「あんまりだわ」というような結果だったとしたら…。
しかし、そんな私の心配は全く要らぬものだった。いや、それどころか、冒頭の梅林茂の印象的な旋律ととに浮かぶ藤谷美和子の姿だけでこの映画がどれほどの傑作であるかを確信したものだ。
この作品の素晴らしさについては、すでに言い尽くされた感があるので多くは語らないが、先に述べたような過度とも言える期待にそれ以上の形で応えてくれたこの作品はいつまでも私の心に輝き続けている。
しかし、同時に、ここでもまた一歩成長した姿を見せていたひとりの役者がもうこの世にいないことを痛切に感じてしまう心底悲しい作品でもあるのだが…。
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