[コメント] 泥の河(1981/日)
現代を主張してやまない橋の欄干や路面に仮構の苦悶がある。出来杉た田村&藤田夫婦の聖性は、昭和後期のモラルと人相の産物なのか、その人固有の善なのか。
加賀まりこの人工的な骨相はその錯視をあえて極大化して、過激な船宿の性教育に向かって失踪・五十円・蟹炎上と事を加速させていく。戦後の解像度が美術の質感ではなくイベントの密度において達成される。
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