[コメント] プリティ・ウーマン(1990/米)
欺瞞としての「アメリカ平等社会」を図らずも肯定している「金がモノを言う国」のシンデレラ・ストーリー。
この物語のなかで好意的に描かれているホテルマンたちも、ジュリア・ロバーツを娼婦と見て意地の悪い態度に出る高級ブティックの店員たちも、じつは同じ原則で通底している。すなわち彼らが頭を下げるのは富豪の愛人の肩書きであり、上流階級を示す服装である。『ポケモン』に登場するへそ出しルックの女の子にアメリカの家庭が眉をひそめるのは、それが娼婦階級を象徴するコスチュームだからだ。日本にはほぼ存在しない、ネクタイとドレスを尊ぶ国民の良識がこの映画では浮き彫りにされている。
だからこの映画で語られる「中身で勝負」のようなメッセージが大いなる欺瞞であることは最初からはっきりしているのだ。ヒッピー・ムーブメントもはるかに遠く、まだアメリカは厳とした階級社会であり、シンデレラストーリーの成り立ちうる社会なのである。嗚呼!
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