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[コメント] わが青春に悔なし(1946/日)

転向を強いられた久板の後悔の産物なのだろう。「配慮」を欠いた農村描写が強烈。学生時代の理想を再発見する不毛な社会人人生という切り口に、時代を越えた普遍性がある。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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山の上で京大生たちが寛いでいるとパラパラパラパラと銃声が聞こえる。京都にも練兵隊があったのだ。京大教授大河内伝次郎の娘原節子藤田進の情勢分析を遮って「歯切れが良くってリズミカルで、胸がすっとするわ」とスキップすると崖に腹ばいで息も絶え絶えの兵隊を発見する。これは象徴というものだろう。

昭和8年、大河内は教壇を追われ、情勢分析を語る藤田進に原は「いつも満州事変と軍閥財閥なんだから。左翼の思想わたし嫌い」「父は自由主義者です。赤じゃないわ」。藤田「侵略に反対の思想は彼等には全て赤ですよ」。自由主義と共産主義との関係は今に至るまで 「世の中は理屈ばかりでできているとは思わないわ。もっと美しいもの、楽しいもだってあるはずだわ」「理論の裏付けのない美しいものなんてアブクみたいなものですよ」と喧嘩別れ。狂ったようにピアノ弾いくブルジョア娘というのは当時よくある類型が、藤田と並べて傍に侍らす学生河野秋武に特に訳もなく土下座を要求する辺り欧米小説の世界。

藤田は大河内にも理解されない反対運動を学生仲間と展開。「言論の自由のために守れ」「ファシズム反対」の弾幕掲げてデモ。文部大臣(モデルは鳩山一郎である)はゴルフ、デモに騎馬巡査が突撃して検挙。これらは新聞記事で語られるのだが、こんな新聞はまだあったのだろうか。大河内は「正義は必ず勝つ」と語って教壇を去り、一緒に辞めると云う学生たちを止める。連中は夜の町を「戦友」の替え歌唄って荒れる。♪ ここはお江戸(?)を何百里 離れて遠き京大の ファッショの光に照らされて 意志も自由も石の下。後でそれ聞いてほっとする河野に原は裏切り者にならずにすんで良かったと嫌味。人は短気から自戒を学ぶことがある。

昭和13年。原は大人しくなり「生きていないのも同じ」な生活。大河内の無料法律相談の手伝い。河野は検事になりすっかり嫌味。藤田だけは大学辞めて左翼運動。転向出所して再会して「あの頃のこと思うと冷や汗もんですな」と笑い、河野に紹介されて軍の仕事している。ひとりになり逡巡する原をストップモーションの連続で捉えるサイレント風の描写が印象的。社会人になった旧友を見て幻滅する心境も、大人になってやっと学生の頃の方が正しかったとの気づきにも普遍性がある。上京自活を大河内は許し「自由には犠牲と責任がある」とだけ忠告。

昭和16年東京。職を転々とする原は偶然会った河野(既婚)に藤田のこと聞いて訪ねる。政治問題研究所を開設して支那問題の権威。これが上記の軍の仕事なのだろう。原はいい仕事がしたいと訴え、それは青い鳥に出会うようなものだと藤田は返す。「昔は何でもふざけて考えていたわ。でも今は」。原から云い寄って一緒になるが、原は藤田が不本意な仕事していると考えていて憂鬱でいる。

藤田は捕まり、原も逮捕されて毒いちごというそれこそロシア文学みたいな渾名ついた志村喬に尋問され拘留。釈放されるが藤田は獄死。原は藤田の両親の高堂国典杉村春子を訪ねる。杉村は藤田の遺骨埋葬のために自分で墓穴掘っているが、それがアメリカの土葬みたいなひと一人入れる大きさなのはどういう風習なのだろう。原は住みつき、「おら達は夜泣き梟」と夜中に田圃の掘り返しする杉村を手伝い、「私は野毛の妻だ」と繰り返す。家はスパイの家と落書され外から板打ち付けて封鎖されている。原は昼間も作業して頑是ない子供らにスパイスパイと追い回されるのが悪夢のようである。保守的な村人の嘲笑は当時の進歩派が衝突した現実だったのだろう。今でも大して変わらない。克己心に高ぶる原の怒ったような顔は常に迫力がある。本作で一番素晴らしいのは、倒れた原の籠取って担ぐ杉村の半泣きの顔だった。「顧みて悔いのない生活」という藤田の言葉が繰り返される。田植えの終えられた汁田は荒らされて売国奴入ルベカラズと杭立てられて、三人は稲を直す。訪ねた河野は軽薄に笑い、原は藤田の墓を教えなかった。無骨な演出がクロサワらしい。

敗戦。原は農村に受け入れられる。大河内は教壇に戻り、藤田を学園の誇りと語る。藤田がどのような活動をしたのかが語られないのは不足感がある。藤田はロシアと通じた尾崎秀実が参照されたと云われ、尾崎の著作は当時ベストセラーだったから、観客はそれを想起したのだろうが、映画として完結してはいない。妻は逮捕されていない。大河内のモデルの瀧川幸辰は弁護士になり戦後復帰しているから映画の通り。冒頭字幕には「京大事件に取材した」とだけあり、ゾルゲ事件は触れられていない。他作品に配慮させられたのは有名な話。

原節子も藤田進も戦中の翼賛映画で大活躍した俳優であり、この配役自体に意図が感じられる(藤田進は徳田球一出所歓迎会の祝辞も述べているので本人はリベラルな人だったのかも知れない。原は熊谷の姪で思想的には右翼的だったのが知られている)。中北千枝子は華道教室で原と一緒。三好栄子が普通に大河内の奥さん役を演じている。

(評価:★4)

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