コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 野良犬(1949/日)

黒澤明の性善説的思想を私は断固支持したい。
づん

佐藤刑事(志村喬)と村上刑事(三船敏郎)の師弟関係が俳優としての二人と重なり、とても見ごたえがありました。新人らしい正義感に苦しみ、前しか見えない村上と、それを重みのある言葉や態度で導く佐藤刑事(と係長)。その佐藤刑事には恐らく、村上は眩しく映っているのだろうな。と思わせる温かみのある志村喬の演技が良い。

また、村上が佐藤刑事の家に招かれるシーンも良いと思いました。不要だなと思わせるシーンではありますが、上司のプライベートを知る事で"それまで以上に心を開く村上"という図式が成り立つので、それが後半に良い作用を及ぼしていると思いました。

それからラストはちょっとむず痒くなってしまう程の演出が続くのですが、そこで改めて黒澤明って人は本当に実直で心が綺麗な人だったんだろうなと感じました。観てるこっちが気恥ずかしくなってしまうような演出が多いのは確かなんですが、避ける隙も払いのける隙もない程に、それが本当に真っ直ぐ胸に突き刺さってきます。ここまで来るとすがすがしくすらあり、甘ちゃんだなーとか茶化す事の方が逆に恥ずかしくなってしまいます。

そういう監督の心が顕著に表れているのが「犬」の扱い。作中では「野良犬」という言葉は使われる事がなく、佐藤刑事はそれを「狂犬」と言っていました。その道のベテランらしい言葉で、佐藤刑事のプロフェッショナルに徹する人物像が容易に見て取れます。またそういう言葉を使う事で、村上のような甘っちょろい考えを自ら制御しているような悲しさみたいなものも含有しているように取れました。

でも黒澤監督はこの「狂犬」という言葉でなく「野良犬」という言葉をタイトルにしました。野良犬。寂しく孤独であっても、どんなに厳しい状況の中であっても逞しく生き抜く野良犬。戦争とか何かのせいにして淀んでしまう弱い心の狂犬もひっくるめて、登場人物全てを悲しくも力強い「野良犬」とした黒澤監督の心に私はとても惹かれます。彼の性善説的思想を私は断固支持したいです。

そう言えば近頃、野良犬って全く見かけなくなりましたね。終戦というものが遠い幻のように思える今、その頃の熱を持っているであろう作品が本当に宝のように思えます。

----------

08.05.13 記

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (2 人)ぽんしゅう[*] 水那岐[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。