[コメント] ホテル・ルワンダ(2004/伊=英=南アフリカ)
ルワンダはベルギーの植民地だった。植民地を支配するにあたり、少数民族を多数派民族の上に支配階級として据えるという仕組みはもちろんイギリスが最初に発明したのだろう。一種の緩衝として利用、国民同士が憎しみ合うように仕向け、少数派支配階級が宗主国の権勢に依存せざるを得ないようにしたわけだ。ベルギーはルワンダ統治にあたり、さらに非人間的なオリジナリティを加えた。この地域にはもともと血縁中心の部族的な繋がりしかなかった。そこへ、まさに物差し(定規)を持って入り込み、人々の鼻の高さやあごの細さ等を計測したという。そして、少しでも欧米基準に近い少数派を選り分け、それをツチ族とし、それ以外をフツ族とした。そのツチ族にフツ族を支配させたのだ(※)。ベルギーは言わば支配と被支配という階級による社会区分を人工的に作り上げた。20世紀末までに、それは互いに憎み合い殺し合うほどの<民族>として、事実上機能するに至ったと言える。この映画では、ツチ族から妻を迎えたフツ族系ルワンダ人のホテルマンが、最終的に1200人ものツチ系住民を、フツ族による虐殺から救い出した話が描かれる。
(※と、映画の中では描かれていたが、教科書的な説明では、15世紀頃に農耕民族フツ族の土地に遊牧民ツチ族が入り込み、フツ族を支配した、とされる)
なぜ、たまたまツチ族に生まれたというだけで、フツ族から憎まれ蔑まれ、殺戮の対象とされなければいけないのか。それは理不尽である。理不尽には闘わなければと立ち上がって行動を起こせば、その分目立って早く殺される。何もしないで家の中に閉じ篭っていても、いずれ引き摺り出されて殺される。いくら勉強に励もうが体を鍛えようが、このような剥き出しの暴力に対し、個人としてできることは何もない。そういう中で、実際に殺されていった人は、いったいどういう思いでいただろう。そして、運よく生き延びた人は・・・。
一方、劇場の椅子に座り、何の危険に脅かされることなくスクリーンを眺めるわれわれは、間違いなく「『怖いね』とだけ言ってディナーに戻る」側にいる(劇中の報道カメラマン=ホアキン・フェニックスの台詞)。われわれは、日常のかぎりにおいてはそれなりに問題や不安を抱えているように思うが、抗う術もなく、いつ殺されるかわからない恐怖に晒される人らと比べれば、実はとてつもなく大きな安全の中で暮らしていると気づかされる。彼らと我らの違いはなんだろう。彼らはたまたまアフリカ人に生まれ、我らはたまたま日本人に生まれた。この環境の差は、彼我の努力の差に基づかない。もちろん日本の歴史文化は先人たちが営々と築き上げたものだが、われわれがこの時代に日本人として生まれたのは、たまさか偶然にすぎないのだ。
こう考えると、この映画を観たわれわれにできることがわかる。それはごくささやかなことでしかない。先人の築いた歴史文化の上に、われわれの日常を営々と積み重ねていくこと。保守や革新といった区別なく、次の世代へきちんとこの社会を遺すこと。それをしっかりやった上で、この「大きな安全」という幸運を享受する者の責務として、少しでも余裕があるならば、やはり国際社会へ(国として)力を貸していく必要があるのではないか。この映画を観ても、われわれさえ幸せであればそれでいい、と考える者がいるだろうか。もしそう考えるとしたら、それはこの幸運に確信の持てない者に違いない。その者とは、平和の本当の尊さを学ばない者だろう。
80/100(07/09/25記)
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