[コメント] 銀色のシーズン(2007/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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『私をスキーに連れてって』は罪深い映画である。この作品の登場によってスキー業界と雪国の温泉街は天国と地獄をみることになる。
スキーは莫大な資本を抜きに成立しない(山の開墾、リフトの設置・運転、日々のゲレンデの整備など、いちいちお金がかかる)スポーツであり、世間がこんな金のかかる山村の遊びに見向きをしなかった時代には、需要と供給の一致するほどほどの規模と質で行われていた。
それが『私を〜』の公開とその後のスキーブームによって一変するのである。スキー人口の急激な増加に伴ってバブル資本がスキー業界に流れ込み、ゲレンデは拡大し、リフトは増設され、温泉街にはリゾートマンションが姿を現した。その後バブルの崩壊とブームの終焉を経て、スキー業界は図体ばかりでかい血の抜かれた剥製となってしまったのである。さらにスノーボードの普及が追い打ちをかけ、スキーは寂しいだけでなく「ダサい、モテない」レッテルまで貼られてしまった。スキー文化の凋落についてはもう語るまい。切なくて泣ける。
さてここからが本題。かつて『私を〜』にうたかたの夢を見せられたスキー人にとって、20年ぶりのスキー映画『銀色のシーズン』に込める期待は、それはもう相当なものであった。少なくとも私の周囲では。実は私、この撮影中、主なロケ地となった某スキー場近辺で本作のサトエリみたいな生活をしていた。時折流れてくる映画の噂と、それを聞いた時の胸の高鳴りは忘れない。「今日、滑ったまま道路を飛び越える撮影をしていた(聞いた一同、騒然)」「田中麗奈を生で見た。超カワイイ」「○○さんが瑛太の滑走シーンを演じているらしい」作品の全貌を知らされないまま、断片的な噂を聞くたびにみんなでザワザワしていた。そして旅館のおじちゃんおばちゃんはご飯を食べながら、かつての『私を〜』時代の慕情と、ブーム再来への夢を語っていたのである。おじちゃんおばちゃんは寂れた温泉街の活性化を、そして私たちはスキーが再びモテるスポーツになることを願っていたのである。
そんな周囲の期待を背負って生まれたのがこのトンデモ映画である。思い返すと、「スキーで道路を飛び越えていた」噂を聞いた時点で少し疑うべきであった。そんなアホなシーンがまともな映画作品で成立するだろうか。いや、しない。
瑛太たち3人にはもっと普通に滑ってほしかった。パラシュートなんていらなかった。常人に到達出来るレベルの最高の滑りを見せてほしかった。そして山峯を滑り降り、グラブやサブロクをきめ、ゲレンデに降りてからもスキーのうまいお兄さんたちでいてほしかった。カービングスキーの普及により、スキーはかつてより格段にスピーディでカッコいいスポーツになった。そんなスキーの進化を瑛太たちにはアピールしてほしかった。また道具の進化により、スキーはかつてより簡単で、一日練習すれば誰でも楽しめるスポーツになった。だからこそ田中麗奈にはもっと上達してほしかった。そして何よりも、3人には馬鹿でありながらも性根の優しい人格者でいてほしかった。正直、あの3人のキャラクターは映画史上でも類をみないほどに魅力のないクズ主人公で、なんの憧れもトキメキも感じさせない。
本作で一番悲しかったのは、『私を〜』時代的なスキーヤーを見つけて3人が「カモだ」と言うシーンだ。実際、ゲレンデに行くと「おいおい、その格好と滑りはちょっと懐かし過ぎるだろ」と思わせるスキーヤーもいる。しかし本人が楽しく滑れていればそれこそ素晴らしいことで、あなたが感じた複雑な痛々しさは、あなたの心にしまっておくべきだ。そういうデリケートな感情を、あのシーンでは完全に「侮蔑」として表現している。悲しい。人の滑りを笑うな。
作品中、村人が瑛太に過度な期待と責任を背負わせる構図は、私たちスキー人が本作に期待する構図と全く同じなのかもしれない。温泉街やスキーの活性化の責任は、一人の青年や本来無関係の映像作品に背負わせるべきものではない。スキー業界や温泉街のおじちゃんおばちゃん、そして私たちスキーヤーは『私を〜』の呪縛を解きほどき、自分の足での立ち方を探らなければいけない。本作はとても悲しい形で、その事実を私に教えてくれた。
本作で唯一感動したのは、大砲を輸入してまで未知の斜面を滑ろうとする3人の姿だ。荒唐無稽で最も馬鹿なシーンの一つなのだが、憧れの斜面の滑走に執着する熱意を感じさせ、3人のドキドキワクワク感に私は強く共感した。あのドキドキワクワク感をもっとわかりやすい形で表現し、それを作品全体の基調としてくれれば、本作はもっと良い作品になったはずだ(そして観客をスキー場に呼べたはず)。
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