[コメント] ダージリン急行(2007/米)
実際のところ、普通に汽車に乗り込むカットをひとつ撮っておけばそれですむようなシーンに、わざわざビル・マーレイまで呼んできて追いかけっこさせる必要などまったくないはずなのに、それをぬけぬけと、しかもスローモーションで撮りあげてしまうウェス・アンダーソンの確信犯ぶりは普通なら決して許されるべきものではない。それでもそれがさらに許しがたいほどに完璧に動的なショットであるところには、もうそんな個人的感情などどこかへ追いやって、頼むからどうかこれだけは観てやってくださいとお願いしたくなるほどに自分を見失い、激しく狼狽してしまうから困ったものである。
さらに彼が美術にまで口をはさんだという細かいディテールや、笑ってしまいたくなるくらいに融通のきかない、しかし正確かつ几帳面な、豊かで穏やかな色彩あふれるカメラワーク、おまけに舞台がインドだからというだけでその国の巨匠の音楽をちゃっかりと頂いてしまう図々しさにも、これもまた困ったものだなとニヤニヤしてしまう自分がいる。
ところで私は、映画としての趣は全く違うものを感じつつも、極私的な思い出とともにヒュー・ハドソンが監督した『炎のランナー』という作品が大好きなのだが、そこにもヴァンゲリスの奏でる音楽とともに水しぶきをあげて浜辺をランニングする男達をとらえた素晴らしいスローモーションのショットがあったことを記憶している。
つまるところ彼ならば、たとえそのペアがヴァンゲリスであったとしても、決して憶することなく、むしろ自分が絶対的主導権を握ってまさにウェス・アンダーソン的としか言いようがない独自の映像空間を築き上げてしまうことが予想され、そのあたりが私に唯一無二の存在感を示してたまらないのである。
多くの人が言う。やつには騙されるなよと。
しかし私は彼になら騙されてもいいと思っている。たとえこれから先、彼が私を騙し続けるとしても私にはこの『ダージリン急行』がある。それで十分だ。決して物語が撮れている映画ではないけれども、私にはこの映画の愛おしさこそが全てなのである。
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