[コメント] パコと魔法の絵本(2008/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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何より、最大の見せ場である筈の『ガマ王子』上演シークェンスがよろしくない。そこに至るまでに、病院の皆が頑張って稽古したり準備したりする様子が適切に描かれていない。劇団ひとりが台本を繰り返し読んだり、妻夫木聡が悩んだり、土屋アンナがブチギレながらツンデレぶりを披露したり、色々ありはするのだけど、具体的に絵本の内容をどう劇にするのか試行錯誤する様は見えてこない。で、実際に舞台が始まると、その舞台美術の豪華さは明らかに「こいつらが作ったんじゃないだろう、これは」と思わせる出来で、手作り感が皆無。拙い舞台が、劇に見入るパコ(アヤカ・ウィルソン)のイマジネーションによってCGシーンの数々に至るのならまだいいのだが、最初から想像の余地など大して必要の無いほど造り込まれた舞台には、却って白けさせられる。これでは、病院の皆の頑張りよりも、映画の美術スタッフの頑張りの方を意識させられてしまう。小池栄子の弾けっぷりも、観ていて虚しくさせられた。かといって半端に演じても却って恥ずかしい場面でもあり、進むも地獄退くも地獄とはまさにこのことだろう。
許し難いのは、劇上演後、唐突にパコが死んでいくという展開。その直前、倒れていたのは大貫(役所広司)であり、劇で演じていたガマ王子の死と同じようにして彼が死んだかと思えたとき、それら一連の物語を回想として語っていた老阿部サダヲは「ただの発作だったんです」と肩透かしな事実を告げる。聞き手の青年(加瀬亮)は、残念そうな顔で、そのまま死んでいた方が感動的だったかな、などと呟くのだが、その直後に何とパコが死んでしまうのだ。上川隆也演じる医師は大貫に、「本来なら彼女はあなたに会うことさえなかった筈なんです」。この医師、これより前の場面では大貫の病状についても、本来なら死期を過ぎている筈だと語っていたのだ。お話の都合によって現代の医学をいい加減に左右するストーリーテリング。前半では活き活きした表情を見せていたパコだが、観劇中は殆ど受動的ないい子でしかなく、最後は感動演出の為の駒としてあっさりと葬り去られてしまうのだ。
結局、パコという一人のキャラクターへの愛情に欠けた物語だったと言うしかない。物語の主体は、彼女の周りで勝手に盛り上がっている大人たちだ。なぜパコが死ぬ結末が選ばれたのか?それは、劇が終わり、一日が終わった後、パコが大貫の想いの通りに何らかの記憶を胸に刻んだかどうか、をパコの物語として描くのに必要な想像力が、作り手に欠けていたからではないのか。死んでしまえばそんなものを描く必要は無いわけだ。その結果、大貫が皆とパコの為に行なった行為が実を結んだのかどうかは、物語の埒外に置かれてしまう。これではもう、一体、長々と何を描いてきたのか分からないじゃないか。
こんな話を大の大人がヌケヌケとでっち上げるなどというのは、殆ど倫理に反してすらいるだろう。架空のキャラとはいえ、ではなく、架空のキャラだからこそ、作り手が神のように自由に出来るキャラであるからこそ、誠実に向かい合う必要がある筈なのだ。
後藤ひろひとの原作は、『ダブリンの鐘つきカビ人間』(土屋アンナも出ていた)でも、「思っていることと逆の言葉しか口に出来ない」という設定がもうひとつ充分に活かしきれていないのが見ていて隔靴掻痒の感ありだったのだが、今回も「記憶が一日しかもたない」というパコの設定が、単に、発作を起こして死にそうな大貫が必死に絵本を読み終えようとしたり、劇を演じ終えようとするシーンに利用されているのみであり、記憶が持続しないことの哀しみだとか、そのことにパコ自身が気づいていないことの哀しさなどには到底達してはいない。故に、何だかパコの周りの大人たちがバタバタ大騒ぎしている騒々しさばかりが目立ってしまう。
妻夫木が、皆からかわいいと愛された子役時代という過去(殆どパコそのものではないか)に囚われている様は、記憶(=過去)を蓄積できないパコと逆のようだが、パコはむしろ、母親から誕生日プレゼントに絵本を貰った、という幸福な記憶(=過去)を、一日ごとに新しく経験している。対して妻夫木は、幸福な子供時代とのズレに苛まれている。そんな彼の再生劇は、工夫次第ではパコの物語と相乗効果をあげることも可能だった筈だが、何となくザリガニ魔人としてタライを頭に落とされて終わりであり、最後に彼が大貫に代わって絵本の続きを読む場面も、特にどうということはない。
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