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[コメント] その木戸を通って(1993/日)

日本初の試みは、市川崑の私的な物語だった。
ペペロンチーノ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







1993年に、日本で初めて全編ハイビジョンで撮影された長編ドラマ。 海外の映画祭では上映されたらしいが、日本では15年を経て劇場公開(BSで一度放映しているらしい)。

実は昔観てるんだ。 フジテレビ製作作品なんだけど、当時ハイビジョン技術はNHKしか持ってなくて、撮影・編集に技術提供してるのね。友人がそこに勤めてたの。 そのおかげで、あくまで資料映像でタイムコード入りの状態だったけど、見せてもらったことがある。 その友人も市川崑ファンなので、今にして思えば勝手に持ち出したのかもしれないな。悪い奴だ。

正直、当時はピンと来なかった。というか、ガッカリした覚えがある。 金田一シリーズに惹かれた若者(=当時の俺)には映像も話も物足りなく感じたし、80年代終盤から「市川崑はもうダメかも」と薄々感じていたところにだめ押しされた感じがした。 友人から「これからはフィルムじゃなくハイビジョン撮影でそのままスクリーンに写せるようになるんだ」と聞いていた。それまでのVTR映像(走査線数)ではスクリーンの大きさに耐えられる画質ではない。それがこれから変わる、時代が変わる、という最初の一本がこの程度か、とさえ思った(ような記憶がある)。

私が年齢を重ね、映画を観た経験も増えた今、再鑑賞して、味わい深い作品であったことに気付く。

映像的なことを言えば、それまで市川崑が編み出してきた様々な手法をハイビジョンで実験していることが分かる。 パートカラーとか暗闇から人が浮きだしてくるとか。 冒頭なんかド胆抜くぜ。いまだにあれをどうやって撮影しているのか分からん。 35mmフィルムに変換してるから感じないかもしれないけど、これがハイビジョン映像のままハイビジョンテレビで観られたらすごく綺麗だと思う。 (映像の不満は上映館の環境が劣悪だったこともある。ひどく腹を立てているのだが、それはここでは置いておこう)

市川崑が、ハイビジョンという新しい技術の“可能性”を探っていたかのようだ。 それは自身のためでなく、映像の将来のために。

そして物語。 これは、夫人=和田夏十が亡くなって10年後の作品なのだ。 この山本周五郎の原作に出会った(あるいは思い出した)のは、夫人が亡くなってからなのではないだろうか。 これは、亡き夫人を想って作った作品ではないだろうか。

そう考えると、この作品の全てが納得いくのです。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)死ぬまでシネマ[*]

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