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[コメント] のんちゃんのり弁(2009/日)

幾分、道場六三郎が作ったカップラーメンを食わされているような虚しさを覚えさせられる。からりと乾いた清潔感の漂うショットは綺麗だが、一人の女の自立と料理を描く作品としては『しあわせのかおり』の方が秀逸。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







戯画的な演技と演出で描かれた「下町の庶民」や、CGによる解説シーンなどが、どうにも安っぽい。序盤から既に不安になる。小巻(小西真奈美)が娘(佐々木りお)を連れて出て行くシーンはキレが良いのだが。

三十路過ぎの女・小巻の子供っぽさが充分に愛せるものになり得ていないのは、あんな酷い亭主にかつては惚れたという愚かさを自分の中で清算し得ていない様子が観客の同情心を殺ぐせいでもあるだろうし、スーツ姿の冒頭シーンに於けるクールさと厳しさが、物語が走り出してから彼女が発揮しようとする向こう見ずな直情性をキュートなものとして感じさせ難いという、第一印象の失敗のせいでもあるだろう。

小西が小さな目と地味な顔をクルクルさせて懸命に演じている様子は、幼く狭い了見ながらもガムシャラな小巻のキャラクターとよく合致しているのだが、その愚かさや幼さもひっくるめて愛着の湧く人物造形にまで達しているとは言い難く、むしろ苛々させられる場面が多い。「ととや」でちょっとした一品を口にした途端に何やら覚醒してしまった小巻が主人(岸部一徳)に一度は諭されながらも自分なりに魚の煮込み方を研究し周りの意見を聞いて回るシーンは、彼女のちょっとした台詞回しに日常卑近なリアリティがあり好印象なのだが、主人に対し、江戸っ子風に啖呵を切るように(←ここがまず二昔くらい古い)長台詞を吐く所は、見せ場であるにも関わらず「居場所じゃなくて、いー、きー、ばー、しょーッ!」と必死で訴える様子が却ってウザイ。主人の思いと関係無く一方的に自分語りを続ける小巻。その性格のせいで遂には亭主との格闘で「ととや」を破壊するなど、殆ど唯一の人格者たる岸部が一方的な被害者である構図が可哀相。

岡田義徳演じるニートな亭主は実にいい加減な男ではあるが、小巻と歩きながら、「異なる他人の意見も受け入れながら社会にとって役立つ人間になること」などというものを説き「自分のことは棚に上げてまーす」と付け加える辺りには、脱力的であるが故に、小巻には無い客観性も持ち合わせていることが覗える。小巻にとっては最低でも、娘にとっては良い父親であることが感じられる所なども、妙な魅力を醸し出す。その反面、勝手に娘を幼稚園から連れ出す行為に続く一連のシークェンスでは、観客の方でもぶん殴ってやりたくなる小憎らしさが溢れていて、これも良い。それがあるからこそ、小巻が「ととや」で亭主と大喧嘩をするシーンは、制止しようとする娘や村上淳を一喝して黙らせる決然たる態度や、殴り合いが結構本気であることなどに、引き絞った弓を放すような瞬発力が生まれる。だが、小巻の顔面パンチはガツンと気合が入っているのに、亭主に向かって両手をパタパタと繰り出す技は子供の喧嘩のように脱力的で、その中途半端さに腹が立つ。

そうした、不適切なコミカルさや幼さを抱えたままの小巻のキャラクタリゼーションが災いして、泣かない小巻が、ようやく開業した弁当屋で海苔を千切りながら泣いているシーンや、そこに現れた娘を小学校へ送り出すシーンに挿入される、かつて「ととや」の主人に「子どもの手だ」と言われた手が娘の手に重ねられたカットなども、充分に情緒をかき立てない。それは、小西の演技が結局、小巻を、地に足の着いたキャラクターとして着地させ得なかったからだろう。一人で海苔を千切る光景は、弁当屋の開業に至るまでに重ねてきた苦労や、他人との関わりの蓄積が、店内に一人で居る小巻が黙々と行なう「準備作業」に集約されたシーンであり、「喜び」とか「不安」といった言葉で単純に言い表し難いものが凝縮されるべき箇所なのだが。

これは一人小西に責を負わせるべきではなく、小巻が主人から技を学ぶ過程がきちんと描かれていなかったせいでもある。或いは、それを描くと終始「ととや」の被保護者のように見えてしまうから敢えて避けたのかも知れないが、実際、「ととや」に触発され「ととや」で学び、「ととや」を壊して「ととや」で開業しているのだから仕方が無い。大喧嘩シーンの後、一度は「ととや」の主人が店を貸そうと申し出たのを断った小巻が、やはり貸して下さいと頼むシーンは、ダメ亭主との齟齬も含めた自分の全てがもはや「ととや」の枠内で起こる出来事と化していることに気づいたかのように見えなくもない。このシーンで主人は、小巻の母(倍賞美津子)の隣に座り、完全に父親代わりと化している。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)赤い戦車[*] ぽんしゅう[*]

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