[コメント] 誰がため(2008/デンマーク=チェコ=独)
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オーレ・クリスチャン・マセンという名を心に刻む。まだ世界的にはそう知られた存在ではないだろうこの映画監督は、しかしロングショットにおける空間把握(構図に対する審美観、俯瞰の挿入の仕方)とアクション演出の技量に関してはすでに世界のトップクラスの位置を占めている。トゥーレ・リントハートが自宅を後にする冒頭のカット―透徹した穏やかさの底に蠢く、のっぴきならない暴力の予感―を見るだけでこの映画が傑作であることを確信するにはじゅうぶんだろう。そして銃撃や爆発などあらゆる暴力シーンが、吐気を催すほどの緊迫と、心を壊すような凄惨と、倒錯的なまでの活劇の興奮を撒き散らす。終盤、マッツ・ミケルセンが寝間着姿で大銃撃戦を繰り広げるに至って、私の胸には『ワイルドバンチ』の悲壮が去来する。
アクションシーンとは対照的に、ドラマの展開に当たってはクロースアップの多用も躊躇われてはいない。ミケルセンにしてもリントハートにしてもまた見事にアップに耐える顔面の持ち主だ。出演者のうちでもやはりこの主演二名の芝居が抜きん出てすばらしい。狭い自動車の中、不味そうなケーキで娘の誕生日を祝うミケルセンの姿をどうして尋常な気持ちで見られるだろうか。
ミケルセンは母国にドイツ軍が侵攻した日、その隊列を見て嘔吐したという。「怒りを覚えた」とか「絶望に涙した」というのであれば、それは時も国も遠く隔てた観客である私にも理解可能な情緒だ。だが、あろうことか彼は嘔吐した。『誰がため』はどこまでも映画的な映画である。しかしこのようにさりげなく紛れ込まされた、侵略を経験した国民でなければ発することができないだろう一節が、これが想像を絶する現実のありさまでもあることを私に突きつけてくる。
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