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[コメント] 食堂かたつむり(2010/日)

少女マンガ的表現をそのまま実写でやるという、演出と呼ぶに値しない画の連続。逆に、一見すると何もしていないようなシーンで時折ハッとさせられるが、演出というより撮影、そして柴咲コウの力。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







舞台の書割感をいやます「おっぱい山」にはそのうち慣れるが、CGの使い方が酷すぎる。全てが紛い物、幻覚に見える。加えて、ただでさえ人工的かつ作為的な劇空間に於いて、各所で露呈する、演出勘の無さ。三浦友和にプロポーズされた驚きでムシャムシャ激しく口を動かす余貴美子のシーンなど、予め余が呑気にムシャムシャ食っているところをキチンと画で押さえておいたり、動揺した余がもっとがっついていてこそ、その可笑しさや、彼女の少女的な純粋さが感じとれるはずなのだが。

ミュージカル風の説明シーンが鬱陶しい。けっこう過酷な過去を淡々と歌ってみましたよ、というその趣向が、その長閑な調子が却って残酷さを内包している――などといった印象とはならず、単に淡白なだけにしか見えない。監督は、この物語に何の思い入れも無さそう。文化系女子が、人生の過酷さと滋味とを、食のありがたみというテーマと絡めて巧く料理してみせました、といった衒いがぷんぷん臭って苛立たしい。

純和風な婆ちゃんの糠漬けを「魔法の糠漬け」とか歌うが、その「魔法」が画として演出されることはなく、歌の上でだけやたらと魔法魔法と、それこそマジック・ワードのように繰り返すのも幼稚。「昔ながらの和の伝統にもリスペクトを送る私の生きている世界はメルヘン」と自他に納得させようとしている無理矢理感が厭。

幼稚といえば、ヒロインの料理が起こす魔法も、純粋に、彼女の店の空気感だとか、味そのものがもたらす幸福、というよりは、まずは、離れた女房から電話があった、しかもこっちが電話しようとしたまさにその時に、とか、片思いしていた男子と急接近、とか、外的な出来事で表現されてしまう。それにしても、こういう作品に出てくる、少女が片思いする男子って、どうしてああいう無色透明の、毒にも薬にもならない草食系ばかりなのか。彼の存在そのものが抽象的なせいで、少女がこの少年のどこに恋したのかといった奥を想像させるものが皆無。ゆえに、想いの実現にも感動が無い。

また、こうした願望実現のシーンで画面を縁取っていた、メルヘンな枠は、以後、料理を食した者の幸福を表す記号として機能する。記号以上のものでないということは、映画の演出として機能していないわけだが。文句を言いながらお茶漬けを食った後に田中哲司が黙って置いていく一万円の方が、遥かに説得力がある。

ブタがいた教室』ではあれほどの葛藤劇となっていた、「ペット」の豚の食肉がいともあっさり処理される有り様。豚がヒロインとテレパシー的に交わしていた会話は、ヒロインの脳内妄想だったのかもしれないが、食用にされる流れとなった後に「会話」が全く断たれたままで終わるのは、人間のご都合主義に感じられる。それこそいちばん残酷ではないのか。

「命を頂く」、「死を通じて引き継がれる命」といった、ヒロインの母の死や、その代理表象としての豚の豚肉化(母の身代わりのように食われる豚という残酷。無理心中かよ)、最後のハト食によっても描かれていたのであろうテーマは、観念の域を出ない。ハトなんて、ヒロインに「食ってください」と言わんばかりにドアへ激突、鴨がネギをしょってきたかのような死に方をする。それでヒロインが「おいしい」と声を(お妾さんのシーンの反復)取り戻す救済など、子供騙しにさえなっていない。第一このハト、序盤で安っぽいCGとして登場していたせいで、切れば血の出る生物としての実在感が皆無。

母の結婚式で振る舞われる、豚=エルメスの料理による世界一周も、ヒロインが男に全て奪われる前に、各国の料理を勉強していた(オールマイティさよりも、単に節操が無いだけに見えるのだが・・・・・・)経験が生かされるという意味合いなのだろうけど、ヒロインのトラウマたる、かの出来事が、ペラペラした電動紙芝居的な描写しか為されていないため、何の感情も喚起しない。

そもそも、ヒロインが帰ってくる村が、小洒落たロハスな楽園めいているので、ヒロインの「全てを失った」感が希薄。もうちょっと村の悪意や偏狭さがあれば、自分の腕で味の世界一周を実現することの復活劇も盛り上がるのに。満島ひかりや田中哲司自身は存在感があるが、脚本レベルでの、その悪意の表現や決着のつけ方が弱い。

ヒロインを裏切った男はインド人で、カレーの香りの恋とか何とか歌われていたはずだが、「食堂かたつむり」の最初の客であるブラザー・トムに出すためのカレーを作るシーンでは、スパイスの香りが記憶を喚起させて然るべきシーンでありながら、特にこれといった表現も無いままに、普通にカレーが出来上がる。

言葉を失くしたヒロインの沈黙は、客が彼女の料理を味わう時間を大切に扱う演出に繋がってはいるが、食事の撮り方には、味覚に訴えようという工夫が感じ難い。まぁ、柴咲コウの可愛らしさで、諸々のことを許したくなる気持ちはある。台詞が封じられたことで、彼女の表情の一つ一つがより活き活きとして見えるし、特に、怒った時の、少女的なふくれっ面が可愛い。

(評価:★2)

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