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[コメント] バッド・ルーテナント(2009/米)

奇天烈極まりないケイジに対し、ある者は怪訝そうに曰く「何だお前?」。またある者は苦笑まじりに「面白え奴だな」。全くもって同感です。イグアナがチロチロと舌を出す感じで。終始そんな感じで。イタくて愉快な「人間失格」。
DSCH

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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善にも悪にも忠実だが若干(ここ重要)善が勝っている男。このどちらにフレるか分からない「若干」という匙加減が絶妙である。複雑な実存とラリリから生み出される戯言と奇行が、周囲に対し、期せずして(それを善か悪かを判断したか否かということは問題ではなく)悪と働き、時に「なぜか」善として作用する。その動機は常に曖昧だが、本人が劇中でうそぶくように「目的があれば何だって出来るよな」という小悪党的姿勢を崩さない。かと思えば、自ら殺しには絶対手を染めないという哲学。また、「意外なほど」人の曲がったことは我慢出来ないという真面目さ。その「頑なないい加減さ」。そんな奇天烈男が、何故か気がつくと巡査部長→警部補→警部と昇格している不条理、社会の甘さ。

しかしこれを「社会派」的なシリアスものとして撮らない姿勢が聡明だ。作り手の聡明さは各所ににじんでいるが、ラストが顕著。自らのどうしようもなさ(あんまり使いたくない表現だが「人間らしさ」)と自らのたいそうな身分とのギャップへの自嘲。彼を破滅させないところが最大のミソ。破滅させたらありきたりな実存の悲劇になってしまう。悲劇ではなく、滑稽劇。人間とは滑稽なもの。取り巻く社会も不可解でおかしいもの。

題材への向き合い方がクレバーで、しかもちゃんと方向性を定めてブレない。極端なキャラクタが各種のネタの中で躍動するのをいきいきと撮っている。この「キャラ映画」としての潔さから来るネタのセンスと展開がいちいち面白い(無駄な要素も多いのだが、この「無駄」へのこだわりにこそ本作では面白さが宿っている)。そもそもケイジのキャラ設定からして面白すぎる。この設定で被写体にふさわしいのは確かにケイジしかいない。

老婆や容疑者への「尋問シーン」に代表される不謹慎のおかしみや、善と悪の衝動がブレブレなケイジを軸に展開するズレズレ会話劇、「こまった」シチュエーションの面白さは抑制の利いたタランティーノ的ですらある、と表現したら誤解を招いてしまうだろうか。これほどサスペンス的な技巧をきっちり押さえながらも、これだけ笑える「尾行シーン」「押収シーン」「職質シーン」は他にはないのではないか。アゲられる対象がケイジ(前屈みに尋問しながらラリッてる)に向かって吐く「何だお前?」「面白え奴だな」という台詞が最高に面白いし、メンデスに「宝探し」の思い出話をするシーンや「スプーン」のシークエンスなんて、意外なほど感動的だ。終盤でケイジに祝福の拍手を送るメンデスが妊娠していることが分かるカットも爆笑ものである。

時折リンチ的なセンスが顔をのぞかせるのも面白い(「ブレイクダンス」のBGM、対する環境音は無音。ケイジをゆすりにかかる「デイヴ」のレトロな赤ジャケットの悪趣味!)。

下手なのか上手なのかよくわからない撮影の異物感もトリップ的でいい味出している。大仰にサスペンスフルな楽曲もむしろコメディ感を盛り上げる。この確信犯も相当クレバーだ。

「悪法も法なり」系の犯罪ものかと思わせる序盤のミスリードぶりも素晴らしい。こいつはそんなに大物ではない、という小ささがまた一つのミソだ。「飛び込み」→「腰痛」→「表彰」のシーンはまさに笑撃的である。

体育座りにはとどめを刺された。体育座りの「お行儀のよさ」は、「居心地の悪さ」の暗喩になる(顕著な例は『竜馬暗殺』)。このセンスにも唸る。

なお、「予期せぬ預かりもの」に起因する笑いはほぼ喜劇の王道と言えるだろう(『恋愛小説家』『ハングオーバー』他にもいくらでもあるでしょう)。証人の少年(若干間抜け面)と犬を車に乗せた「ドライブ」なんてほとんど古典的な笑いである。「ハートフル」コメディにありがちな展開だ。しかし主体が変わるだけでこんなに違う。前屈みでトイレを捜索するシーンの面白さなんて筆舌に尽くしがたい。

とにかくいちいち面白い。とっても上手な映画。★5とはいかにも盛りすぎな気がするが、こういうセンスは涎が出るほど好きで、思い出すだけでニヤニヤしてしまう。ご勘弁。

ケイジに惜しみない拍手を。あなたは本当に「面白え奴」です。どうやら監督も「面白え奴」のようなので、これからちょっとお世話になることにします。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)Orpheus 3819695[*] けにろん[*]

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