[コメント] カラフル(2010/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
実際に今、虐められていて、クラスで疎外されている子がこの映画を観ても、きっと「僕には早乙女君みたいな友達なんていない」で済まされることだろう。
本作は、中学3年生の男の子が死を選択するのには、彼らなりに理由があるんだということを僕に教えてくれた。
それまで僕は、たかが14年か15年で自ら人生に幕を引くなんて、馬鹿げているとしか思っていなかった。
虐められたら、やり返せばいい。嫌われたら、他を探せばいい。要するに自分の事ととして真摯に受け止めてあげることができなかった。
思いを寄せている子が売りをしていたら。それも悪びれることもなく。中年の男とラブホテルに入ろうとしている所を目撃して、彼女の手を引いて思いっ切り走って連れ去っても、「真クンなら2でいいよ」なんて言われたら。
母親の不倫を知ってしまったら。どんな事情があるにせよ、他の男の身体を受け容れたその汚い手で作られた食事を食べたいと思えなかったら。
真は言う。
学校で虐められていたからじゃない。成績が悪くて進路に絶望していたからでもない。
真の自殺のトリガーになった2人は、真の死の原因に余りに無自覚だった。
真の家族の歯車が、真と真摯に向き合い、彼中心に回りだしたのは、非常に残念な事ながら彼の自殺からの生還だった。皮肉なものだ。
真は言う。
人間にはいろんな色があって、それは綺麗な色ばかりじゃなく汚い色もあるんだと。自分は日々考えがコロコロ変わって頭がおかしいんじゃないかと不安になるのも当たり前で、それが普通だって。
真は、人はいろんな色を持っているんだから、カラフルに生きていいと気付いた。
と、同時に多くのことを許せるようになった。人を赦す・・・それはある意味、人に自分の価値観を押しつけない、人は人、自分は自分だと気付くということかもしれない。
真は、兄や母や父が薦める芸術高校よりも、やっとできた友達と同じ高校に行きたいと言う。
自分は自分だと真自身が吐露するシーンだ。
真の家族たちは彼に自分たちの価値観を押し付けることを諦める。そして認める。
誰かのために、とか、こうあるべきだ、とか、他人に何かを期待するなんて、他人からしたら押し付けがましいことこの上ない。
人は人、自分は自分。
誰かと比べることでしか自分の価値を量ることができないのが大人だ。子供より性質が悪い。それに気づくことすら子供より劣っている。
人は人、自分は自分。
年間3万人の自殺者を出す先進国、日本。
人はなぜ生きるんだろう。ひとはなぜ死にたいと思うんだろう。
本作を観て僕が持った感想は、「人は人、自分は自分」と割り切れたら、死にたいと思う理由のほとんどは取り除かれるんじゃないか、劣等感も人生に絶望することも減るんじゃないか、だった。
もしかしたら、みんなとは本作の観点がズレているのかもしれない。
それも、カラフル。それでいいと思った。
けど、子供の頃って、ホントつまんない事で幸せを感じることができる可能性があるんだなぁ。若くして自ら死ぬなんて、本当にもったいない。今は心からそう思える。それは僕が大人だからなんだろうけど。
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