[コメント] 聯合艦隊司令長官 山本五十六(2011/日)
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定点カメラによるクラシックな語り口に定評のある成島出監督。『孤高のメス』『八日目の蝉』での安定した演出を観るにつけ、職業監督としては当代随一の腕前である。本作のような実在の人物を扱う評伝ものにおいては、主観よりも客観を交えて訥々と語る方が 肚におちやすいものであるが、その点、成島監督と本作はそもそも相性がいい。
加えて、主演の役所広司さん。豊富な声量と滑らかな滑舌は専門用語を厳かに扱わねばならない軍人を演じるには誠に適役である。当人は『突入せよ!「あさま山荘事件」』でも実在の人物(佐々淳行氏)を演じている。演技は濃厚であり、十分なケレンミも持ち合わせていながら、役者としてのアクはさほど強くない(それ故彼にはあたり役がない。良い意味で)。
さように、監督・主演ともに、素材にドンピシャの配置であることは否定しがたく。故に、本作は鑑賞前からある程度の期待値をもってしかるべき作品である。
話の内容としては、日中戦争に始まる第二次世界大戦の顛末を包括しており、重厚でありながらテンポは良い。ここは話の風呂敷を広げすぎることなく、あくまで話の中心を「山本五十六」その人に集約した点が奏功している。近代日本史の門外漢にも作品の全容が掴めるように、新聞記者という立場で玉木宏さんを登場させていることも有為に働いた。戦争映画でありながら、人間ドラマに主眼がおかれているのだ。ただし、やはりこの時代について多少の知識を持ち合わせていなければ、なかなか人物ドラマにのめり込むことは難しいかもしれない。本作にあわせて刊行された半藤一利さんの「聯合艦隊司令長官山本五十六」は、本自体は少し語りが先行しがちというか、読み物としての躍動感に欠ける感は否めないが、映画の手引きとして良いだろう。
残念なポイントを挙げれば、真珠湾奇襲攻撃以降、映画の後半で描かれるミッドウェイ海戦、ノモンハン侵攻、山本五十六戦死に至るパートについては、いささか退屈に感じられた。前半部で山本五十六が再三にわたって論じる「講和」へのロジックについて、後半部での補強が不十分であるのが原因か。戦争下における泥沼の感触がそのまま作品の出来に反映されてしまった。
ただし、そこまで、特にセットアップのスムーズな語り口と真珠湾攻撃前後の緊張感あふれる演出は見応え十分。敗戦で戦史をしめくくった日本の常態である「非戦論」に支配されているお涙頂戴の戦争映画と違い、銃後の社会が当初抱えていたであろう高揚感や、司令部におけるなし崩し的な結論など、かなりフェアに描写されていると感じた。
総じて、大変見応えのある映画である。「震災復興」「がんばろう日本」と異口同音に口端にのせる現代を生きる日本人ならば、観ておくべき映画であるとも思う。
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