コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 聯合艦隊司令長官 山本五十六(2011/日)

軍隊にも慎重派がいましたという逸話は頼もしいものだろうが、いくら何でも事後的な知識でもって山本五十六ひとりを美化し過ぎだし、進行中の日中戦争を殆ど無視する本邦太平洋戦争ものの定跡踏襲も相変わらず貧しい。日米同盟強化のための反省文の趣。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







日独伊三国同盟の議論(独外相提案は1939年1月)に際し、反対する海軍に陸軍が銃を向け、山本五十六(役所広司)暗殺計画まであった、という史実はマイナーで学びがあった。「我が闘争」の邦訳には日本批判が略されているという指摘はもっともと思わされる。しかし、対英米開戦がまるでヒトラーに煽られたせいのように描かれるのは貧しい。海軍が三国同盟を認めないと近衛内閣は潰れると会議して、同盟を締結すればアメリカの石油を失うと山本ひとりが抗弁するのだが、そんなことは別に山本だけが知っていた話ではなく、何を格好つけさせているのだろうと思わされる。

世の閉塞感を煽っているのは新聞社ではないかと山本が香川照之の記者を批難する件ももっともなのだが、新聞社が口封じをされていたのも事実だから一方的過ぎるだろう。その他、街頭で三国同盟を煽る壮士や、居酒屋で戦争景気を悦ぶ庶民の姿などが描かれ、まるで熱に浮かれた世情のなか、目覚めていたのは山本五十六だけのように見える。

軍令部の永野修身伊武雅刀、南雲忠一航空艦隊司令長官中原丈雄ラインと山本五十六は対立関係、真珠湾において山本の自論の空母攻撃を果たさぬまま南雲が引き揚げたと知って「泥棒だって帰り道は怖いよ」と山本はお道化る。この時点では山本は自らも泥棒の一味と自虐している訳ではない。山本が「日本海軍の名が廃る」と語った宣戦布告なしの攻撃だったと知るのはその後。山本も泥棒の一味になり果てた、というイロニーなのだろう。こんな素振りも被害者山本の聖人化の一環に見える。なお、昔よく語られたルーズベルト事前諜報説は触れられない。これが半藤一利の見識で、あれはデマだったのだろう。

「ハワイ作戦は私の信念だ」と前のめりな一方、真珠湾戦勝に沸く海軍内でひとり「俺が神様なら、はなから戦争など始めん」と煎餅齧る役所のロジックは見事に矛盾している。ミッドウェイに際して「魚雷を外すな」と南雲に進言するに至っては、事後的な知識によって山本を予言者に仕立てており無茶苦茶。そんなもん現場の判断であり、あのとき空母が来るかどうか事前に判る訳はない。ガ島にあたっても、山本がいなければ撤退作戦などなかったかのような描き方だ。最後にはラバウル撤退、前線の兵隊には捨て石になってもらう、それでもって講和を目指すと語るのだが、そんなもんで講和が達成されるとはとても思えない。

史実を踏まえれば山本五十六を聖人に奉るのは無理なのであり、映画はこれを無理矢理に縫い付けて破綻してしまっている。ともあれ、こういうのは今般のアメリカべったりの海上自衛隊ではウケるのだろう。最期は行動計画がアメリカに傍受されて戦闘死。黙って墜落する映像が空にパンしてピアノがポロポロ鳴り、焼跡で「山本さんがブーゲンビルに散り、この国には戦争を終わらせる人間がいなくなりました」と新聞記者玉木宏にナレーションされるのも無茶である。これほどまでに聖人化して何がしたいのだろうと疑わざるを得ない。

海軍内部ではいまだに戊辰の役が続いている、中枢は薩長だが米内は盛岡、井上は仙台、山本は長岡と新聞記者が語り、米百俵の精神など長岡の侍の心得が語られたりする。この切り口は面白いのだが半端に終わった。ミッドウェイにおいて山口多聞が取って付けたようにヒーローに仕立てられるが、彼は阿部寛みたいな美男子ではない。CG特撮は漫画のように貧しい。

深作は『トラ! トラ! トラ!』に寄せてこう語っている。「たかだか真珠湾の話ですし、こちらの騙し討ちだけの問題ですから、話がつまらないですよね。面白くなるわけがない」「海軍のというか、海軍の山本五十六をめぐる平和主義的神話を黒澤さんは信じていたんですかね。それは神話でも何でもなくて、結局は無責任思想の現われで、あのころの日本の政治家や高級軍人が等し並に持っていた無責任思想の現われであって、ことに海軍の場合には、その平和思想というか文化的軍人というか、何か陸軍とは違うんだという隠れ蓑にスーッと隠れた無責任思想だった」(「映画監督 深作欣二」)。その通りだと思う。

(評価:★2)

投票

このコメントを気に入った人達 (1 人)ジェリー[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。