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[コメント] 灼熱の魂(2010/カナダ=仏)

謎解きのための謎、お話のためのお話。「代数」の使い方が巧い。
ペペロンチーノ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ドゥニ・ヴィルヌーヴは天才だ!ってよく言われるじゃないですか。ジャック・ヴィルヌーヴもよく言われたもんですよ(<F1ドライバーの話をしています)。ああ、JVはサラブレッドか。

この映画が「今時だなあ」と思うのが、最初から「謎解きクエスト」なんですよ。同じ遺言状モノ(?)でも『犬神家の一族』のそれとはぜんぜん違う。「遺言状から解き明かされる親族の恐ろしい秘密」という点で両者は一致しているように思えますが、この映画の遺書の書き手(母親と公証人)は「解答」を知っているんですね。犬神佐兵衛は、まさか自分の遺言が殺人事件に発展するとは思っていませんし、一族の秘密が暴かれるとも思っていませんからね。

つまりこの話は「釈迦の掌中の孫悟空」。なので、ペンクロフ氏同様、「オカンが全部書き残せばええやん」と思っちゃったんですよね。まあ、重篤だったようですから、遺言を代筆した公証人が悪い。それを脚本は「私は反対した」「遺言書は神聖だ」「私の助けが必要だろう」と一生懸命取り繕う。

先に、ヴィルヌーヴは天才だと言われると書きましたが、この人は秀才タイプの優等生なんだと思います。天才って、取り繕ったりしないから。フェリーニを見て御覧なさい。辻褄なんてどうでもいいんだから。

推測ですが、原作戯曲はレバノン出身作家の「魂の叫び」なんだと思うんです。遺言状モノ(?)というフィクションのオブラートに包んで戦禍の世界を描いた、文字通り「灼熱の魂」の吐露。だけど、映画にしたらオブラートのほうがメインになってしまったように見えます。いや、優等生ヴィルヌーヴの演出が巧いので、逆に小手先で処理してる感じがしたのかもしれませんけどね。その結果、魂のこもってない「謎解きのための謎」「お話のためのお話」に見えるんです。

劇中、「純粋数学」という言葉が出てきます。たしか「これまで学んできた数学は明解に答えを出せた」、だが純粋数学は「解決不能な問題に直面する」といったようなことを語ります。これは、「解決不能な問題に直面する映画ですよ」宣言なのです。解決不能な問題は2つ登場します。主人公たちの出自の問題。そして世界の紛争問題。(後者は、有史当時から公証人がいれば解決したらしいが)

数学と言えば、映画の省略法を「因数分解」に例えたのは北野武ですが、この映画も「省略」が巧いと思うんです。因数分解というか「代数」って印象でしたけど。例えば、「指導者を倒す」ようなことを先に言って銃を撃つ描写だけ(暗殺された指導者は映さない)とか、先に「レイプされた」と言って事後しか見せないとか、先にxとかyとか「代数」を提示して、実際はその周辺しか見せないという手法。巧いんですよ。巧いんですけど、「省略の美学」ってシャープでクールでクレバーな印象なんですね。でもこの題材で必要だったのは、もっと泥臭い「熱量」だったんじゃないかな?

どうもね、セナやプロストの世代なもんだからヴィルヌーヴをイマイチ信用してないんですよ(<まだF1の話をしている)。

(2022.08.24 新宿シネマカリテにてデジタルリマスター版を鑑賞)

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)ペンクロフ[*]

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