[コメント] 華麗なるギャツビー(2013/米)
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割と最近(つーても2,3年前だが)、村上春樹訳の「グレート・ギャツビー」を読んだ。さらに、スヌーピーが原作の中でScott Fitzgerald Hero(スコット・フィッツジェラルドの小説の主人公)になりきっているのを見つけた。もうね、春樹ファン&スヌーピーファンの私の中で、ちょうどギャツビーブームが到来していたんです。だからとっても楽しみにしてたの。もっとも、ロバート・レッドフォード版は観てないんですが。
てかさあ、これ、当時は知らんけど、今読んで面白いストーリーじゃないよね。 今読む価値としては、奔放な奥さんに振り回されたフィッツジェラルドの人生が投影されているところとか、春樹の訳し方だとか、そういうところだと思うんですよ。なんで今さら映画化してんのさ。
私はバズ・ラーマンを「いかにもオージービーフを食ってるような映画を撮る人」と評しているのですが、え?意味が分からない? よく言えばエネルギッシュな映画、悪く言えば繊細さを欠いた映画。肉で言うなら高級和牛じゃなくて安くてガッツリのオージービーフ。そのくせこの監督、ロミ&ジュリ系の男女話好きだよね。
で、この映画、エネルギッシュなのはいいのですが、そのエネルギーの源が違うと思う。 本来なら這い上がる男のエネルギー、例えるなら『太陽がいっぱい』のそれに似てると思うんです。 しかし、この映画の持ってるエネルギーは、パフォーマンスでしかないんです。そこに虚栄を張らねばならない男の哀しみはない。なぜならオージービーフ食って育った人が監督しているから。
例えば、デカプーが車をビュンビュンカッ飛ばしながらスパイダーマンに生い立ちを語るシーンがありますが、車をカッ飛ばすことに意味はない。いや、むしろ、そんなことしない方がいい。 だって、ギャツビーは街の不良を目指してるんじゃなくて、ジェントルマンを目指してるんですよ。 彼は、わざとらしいくらい紳士的に振舞い、時折、素の卑しい顔が覗く。そうでなきゃいけない。それくらいの繊細さがないと、これ、ただのコントですよ。
(13.06.23 ユナイテッドシネマとしまえんにて鑑賞)
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