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[コメント] あらくれ(1957/日)

時代の重圧に耐え続けた凸ちゃん唯一の反撃(18禁)
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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本作、公開時に成人映画の指定を受けている。「女のくせに」云々は大正期の話かと思っていたら、何と57年当時でも新映倫にとっては墨守すべき倫理観だったのだ。

「あらくれ」は素晴らしい小説だが、映画化にはいかにも長すぎる。成瀬=水木の取った作戦はお島の「成長」を強調してメリハリをつけることだった。上原謙にはやられっぱなしだった凸ちゃんは加東大介へはかの有名はホースでの反撃。そして庭先で上原にイビラレたとき座敷でほくそ笑んでいた三浦光子をついには家から叩き出す。この4つの場面を幹にして、後はお島が様々な幻滅を繰り返す枝葉を各方面に伸ばして作品は形作られている。

前後関係は忘れたが、「虐められている君は、虐め返さないと駄目だよ」と、いいともでタモリがカメラ目線で、突然神妙に語ったことがあった。天涯孤独なお島が聞いたら大きく頷いただろう。

上原の嫌味は水木会心の出来に違いない。嫌味を云うのかな、と我々が予想するもうひとランク上の嫌味を云う。前の旦那の子供だろうとか、商売を傾かせるとか。そんなことまで考えていたのかと我々は凸ちゃんと一緒に吃驚させられる。とんでもないフニャフニャの森雅之を間に挟んで、凸ちゃんは加東に対しては云わせる前に云いまくる作戦に出る。こういう具合に人格を「練磨」してゆく人生が社会人なら確かにある。洋装して自転車でビラを配る凸ちゃんのチンドン屋的振る舞いは高峰秀子その人の女優人生がダブり、痛々しい。

「私はいつも先のこと考えているのさ」とお島は云う。だからラストの展開は彼女にとって段取り通りだったのだが、特に何の前振りもないのに電話での突然の誘いをニタッと笑って快諾する仲代達矢からは、これも失敗に終わる予感が大いに漂っている。本作の冒頭は上原謙との新しい生活を鏡の前で夢見る凸ちゃんだった。何度も裏切られ、夢など描くには擦り切れてしまったが、それでも将来に希望もなしに停滞しては倒れてしまう。これこそ資本主義というやつだ。駅へ駆け出すお島の少し傾いだ背中から我々が受け取るのは、自分のツキだけを信じて驀進する人の潔さと哀れさであり、我々の写し絵である。

成瀬印の路地の面々はいつもにも増して過激である。アコーディオンを弾く正露丸(征露丸)売りの軍服を着た明治天皇が二度登場し、狂ったような印象を与える。高峰と加東が行先もなく神社の灯篭に凭れて途方にくれているとき、盲目の旅芸人がふたり、竹竿の両端をそれぞれ握りながら杖をつき横切る(『ツィゴイネルワイゼン』の冒頭とほぼ同じ恰好だ)。高峰らは自分らの行く末を見たかのように、慌ててそこを立ち去る。これらも18禁に寄与したのだろうか。休ませた荷車を背に凸ちゃんが煙草を投げ捨てる件も含め、本作の路地は殺伐としている。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)3819695[*] ぽんしゅう[*]

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