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[コメント] ひそひそ星(2016/日)

神楽坂恵も仮設住宅の一員なのだ。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







タイトルバックの出演に福島仮設住宅の皆様とあり、宇宙船に据え付けられた流し台や耐震補強の施された家具類が描写される。神楽坂恵も仮設住宅の一員なのだな、と当たりをつけたら、とても気持ちの入った映画として観ることができた。出鱈目なコンピュータに導かれた、いつエンストしても不思議でないような宇宙船による、他者との交流を断たれた気の遠くなるような年月。神楽坂は諦念を通り越したように見える。彼女はこの過程でアンドロイドになったのではないのか。湯を沸かして茶を飲むのに一週間かけるデフォルメされたリアリズムは政府への嫌味としても秀逸である。しかし特徴的なのは、アンドロイドにされた彼女は救済など叫ばないことだ。

モノクロとカラーの混成ということもあり、現地の描写は同じ原発ものである『ストーカー』が強く想起されるが、アプローチは対照的だ。生き延びるためにもがくタルコフスキーに比較すると園の達観が強調されてみえる。地下鉄の駅で子供から渡されるカメラなどから、アンドロイドが絶滅種である人間の記憶を引き継ぐという解釈も成り立つ処で、深田の『さようなら』に似た終末観が漂う。これは苦手だ。日本人にとって実にありふれた、つまらない詠嘆であり、何よりフクシマを語るに相応しくない。『ヒミズ』『希望の国』そして本作と、園の視点から次第にアクが取れていくのを認めるのは残念である。派手な美術は不思議と無惨な町の光景と温度差がなく、曜日で刻む編集も含め巧みなものだが、流麗に過ぎるという気もする。

そんな視点から本作を救っているのは、フクシマの町民の参加ではないだろうか。遠藤賢司森康子が演じると見事に廃墟の幽霊志向なのに、素人が商店の奥から出てくるとそうは思われない。当然だろう、彼等はここで生きるのだから。ブレッソン的な方法がここにあるのであり、彼等を含めてこその空き缶の連鎖と捉えたい。

(評価:★4)

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