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[コメント] 何が彼女をそうさせたか(1930/日)

現存版は、序盤と終盤が欠落しており、挿入字幕でのみ説明される。それ以外にも、冒頭の(後から付け足した)クレジットに記載されていた小島洋々はどこにも出ていなかった。
ゑぎ

 本作キャストの中で、名前と顔が一致するのは小島だけだったので、彼がいつ出てくるか楽しみにしながら見ていたのだ。現存版では、主人公の「すみ子」が曲芸団から逃げ出して1年後、すぐに警察署にいるという構成になっており、詐欺師の手先として働かされていることが挿入字幕で語られるのだが、詐欺師の親分が小島の役柄であったと思われる。つまり、この辺りのシーケンスも欠落しているということだ。ちなみに、字幕で「猿回しの猿」という表現があったが、これは詐欺師の手先の比喩か(やけにキャッチーな表現と思った)。

 本邦においてもサイレント後期の作品で、『マダムと女房』の前年の製作ということを考えると、これぐらいのクオリティであっても何ら不思議ではないとも思うが、しかし、しっかりした画面造型の映画だ。繰り出される技巧の数々を見ているだけでも充分に面白い。中でも、ディゾルブ繋ぎの多さは一番に上げたくなる。現存版の冒頭、車夫の老人との場面なんて、最初は全部ディゾルブで繋ぐのかと思ったぐらいだ。すみ子の正面ショットから側面ショットへのディゾルブなんて、やり過ぎだろう。ただし、肩ナメ切り返しもバッチリ決まるし、イマジナリーライン越えの繋ぎもある。

 ディゾルブ以外でも、ここぞという時のダッチアングル、回し車のネズミの回転から曲芸で回転する人へのマッチカット、素早いパンニングからのドリー寄りや、窓外から屋内の人物を横移動で撮ったショットだとか、終盤の「天使園」という施設の看板へ高速前進移動するショットだとか、随所で面白いことやるなぁと思わせられた。そんな中でも、すみ子が県会議員の家から養老院へ戻される場面での、畳の部屋に風呂敷包みを横に置いて一人ポツンと座る彼女から、トラックバックして、途中でカメラの前でガラス窓が閉まる(ガラスの向こうには彼女が見え、同時に庭の木の雪も見えてくる)という長回しは凄いショットじゃないか。なのに、この長回しのトラックバック部分でカットを割って字幕を挿入するというのは犯罪的行為だと感じた。

 序盤はともかく、終盤の欠落はかえすがえすも残念に思う。挿入字幕でも恐るべき価値の転倒が描かれていたのが分かるのだが、これを画面で見たかった。それは何よりも、すみ子を演じた高津慶子の変貌ぶりを見たかったということだ。現存版の彼女は、悲痛な場面がほとんどではあるが、云ってみれば、たゞ可愛らしく演出されているだけと云えるだろう。私は、この人の瞳はまるで少女漫画のようだと思いながら見た。あと、すみ子が常に風呂敷包みをかたわらに持って転々としていく、という図がいい。本作は風呂敷包みの映画だ。欠落している終盤も、きっと風呂敷包みが活用されているに違いない、と妄想する。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)ぽんしゅう[*]

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