[コメント] イット・フォローズ(2014/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
アイデアと画面設計が素晴らしい。視界の隅にそれが現れる絵作りに監督が最もこだわっているんだろうな、というのがよくわかるくらい印象深い画が多い。とりわけ呪いの当事者の時ではなく、次の相手にバトンを渡した直後、そのバトンを渡した相手が「それ」に追われるところを客観的に見ることができる時のステージが面白い。これって次の相手が「それ」に殺された瞬間にすぐさま自分が当事者になるというステータスにいる特権(?)なんだろうな。さっきまで自分に向かって一直線に進んできた「それ」が、まったく自分に関心を寄せずに目の前を次の相手に向かって通り過ぎていく。この情緒(?)がたまんないし、次の相手が死を迎えることが直ちに自分の身に降りかかる死につながるわけだから、自分が追われているのとは違った意味でこれはこれで怖いし、何やら寓意的ですらある。
「それ」が物理的な重量をもった物質であるという捉え方が日本的ではない面白いところで、最後の室内プールでの対決時に「それ」に布を被せると、布越しに実体の輪郭が出るというのが欧米の伝統的な幽霊のアイコンになっていて、なんかちょっとそこだけは恐怖が削がれてしまった。この物理的な重量感は好き嫌いの分かれるところだろう。円山応挙推しの日本人の心霊観からすると、いただけない、という人が多そう。
この作品で一番印象深かったのは、主人公をとりまく5人の子どもたちのキャラ配置。向かいのイケメンと青臭い幼馴染の2人の男子、美人の姉に嫉妬しつつも仲の良い妹に、なんといっても存在感のある文学少女。同族意識で集まっていないどっちかというと一緒につるむような関係に見えないのに、ふだんから一緒に家にいたりとか、他に付き合う友だちがいないのかな、というような距離感のある共同体が面白い。彼らの住む町の隣接した地区はゴーストタウン化し街娼が昼間からいたりする。彼らの町も高級住宅地のようでいて、家庭は荒廃しているようだし、なんか語られていないけど、アメリカの観る人が観ればよくわかる事情にもとづいているのかも知れない。そんな斜陽で大人が不在な空間で10代の彼らが直面する死とセックスをめぐる冒険が本作なのだろう。
「それ」は何かと裸体だったり、下着姿だったり、老人だったり、中には失禁中なうだったり、過剰なまでに死とセックスの不安として現れる。水にぷかぷか浮かんで身をまかせるシーンや、ドアノブに椅子をかませて引きこもった部屋で、朝日の中でぐったりと眠っている絵も不安と安息の思春期の心情を表現しているようで詩的だ。ヒロインが向かいのイケメンとセックスして呪いを移すのは、彼なら遊び人だから誰かとっとと知らない女の子にすぐ移してくれるだろう、という思いが裏切られ、「ちょっとなんでまだ誰とも寝てないわけ?マジあり得ない!」と、「それ」の襲撃をイケメンに知らせに行くも、まんまと母親の姿の「それ」に強姦されてしまうのを目撃してしまう。何のためにセックスしたのか? 海辺で下着姿で男を逆ナンして呪いを移してみるも、今度は相手に事情を説明してないからすぐその相手は殺られてしまったのだろう、「それ」はあっさりと戻ってくる。次々意に添わない性交を行っているせいでどんどん精神が痛んでいく主人公の表情の切なさはホラーを通り越して素晴らしかった。
呪いを転嫁せずに「それ」を殺すという本来のルール以外で解決したあと、幼馴染(たぶん童貞)とセックスしたのは、初めて心を通わせることができるセックスをその幼馴染の純真さとの間にならできるだろうという思いなのだろう。ラスト手をつないで2人で歩くその背後にいるのは「死」なのか、そうではないのか、不安が残るが、それでもお互いの震える手を握り合ってお互いを支えて不安を乗り越えるしかない。
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (1 人) | [*] |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。