[コメント] イップ・マン 継承(2015/中国=香港)
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地上げにまつわる挿話群をウェルメイドな勧善懲悪の物語として抜かりなく語りおおせると、後半部はまさに『カンフー・ジャングル』的に「強さとは」という形而上学的な問いが展開される。それが「良き家庭生活とは」という卑近ですらあるほどに馴染み深い問いに翻訳されてもいるあたりが『イップ・マン』ならではであり、『カンフー・ジャングル』からの積極的な発展項目だろう。この視座からすれば、詠春拳の正統を決する試合会場とドニー&リン・ホンのダンスがクロスカッティングされるシーンこそが全篇の真のクライマクスだ(そもそもリン・ホンがすばらしい。芝居の巧拙云々を別にしても、彼女の背丈がドニーより大きい、というところに夫婦映画としての決定的な感動がある。『イップ・マン 序章』のキャスティング・ディレクターは目が高かった)。
マックス・チャンの地に足のついた造型は、『カンフー・ジャングル』ワン・バオチャンのファナティックなそれと比較して一長一短だが(むろん、『ダーティハリー』のハリーに対するサソリのごとく主人公の陰画的分身でもある彼らは、イップ・マンとハーハウ・モウの差分を正確に反映しているだろう)、ともに徒手空拳術のみならず武器術もよくするというあたりでアクション映画としての充実度を高めている。
アクション映画としての充実、ということに関して云えば、昇降機におけるムエタイ男サラット・カアンウィライ戦ももちろん捨てがたいが、やはり連れ去られた息子を奪還すべく敵陣に乗り込む中盤の一対多アクションを一番に挙げたい。このように装置・小道具を限界まで活用した複雑緻密な技斗の連携にこそ、ハリウッドにも先んじる香港映画の粋の結集がある。また、この「木造建築現場」という舞台は、単にアクション・シーンの創出にかけて優れて有効な空間であるのみならず、当時の時代感(経済成長期である。しかし鉄筋ではない)をよく伝える場であることも付け加えたい。
ところで、物語の前半部については先に「勧善懲悪」の一語で片づけてしまったが、その「悪」の親玉であるところのマイク・タイソンは必ずしも単純な造型に終わっていない。もちろん「悪徳不動産屋」という旧態依然とした悪役性を主軸に据えてはいるが、どうやら格闘家としての矜持と強い者に対する敬意を忘れてはおらず、さらには良き家庭人でもあるようだ。すなわち、彼もある程度までマックス・チャンの―ということは、取りも直さずドニー・イェンの―ヴァリエーションである。
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