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[コメント] アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル(2017/米)

労働者階級のザ・アメリカン映画。感動作じゃないのに感動して泣いた。
ペペロンチーノ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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「史上最大のスキャンダル」とか今更言われたところで、もはや遠い記憶。真相なんかはどうでもいい。 ぶっちゃけ、事件そのものはまるでコーエン兄弟のフィクション。よく言えば「運命の歯車が狂う物語」だし、悪く言えば「ボンクラ達の底抜け大作戦」。

事件の真相はどうでもいいと書きましたが、この製作陣も同様だったのではないかと思うのです。本人インタビューの体で、登場人物と語り部を同一化し、客観性を排除している。代表的な手法としては『羅生門』ですな。 事情を知る第三者ではなく当人達の言葉で描写するからには、客観的に事件を再考することに主眼は無いのでしょう。

「それぞれの証言がパズルのピースとなって全体像が見えるパターン」でもなく、「証言が重なって真実を掘り下げるパターン」でもない。 おそらく狙いは、証言がぶつかり合って別のものが立ち上がってくる、いわば「アウフヘーベン」。ヘーゲルの弁証法ですな。 私がこの映画で見えたものは、労働者階級にとってのアメリカの姿でした。 つまり、個人の物語を通して社会が見えてきたというわけです。

貧しい生まれの子が才能と努力でナンバー1にのし上がる。『ロッキー』的な典型的・理想的なアメリカン・ドリームに思えますが、実はアメリカン・ドリームには限界がある。 「お前、女王に相応しくねーんだよ」。 圧倒的な技術でスポーツ(勝負)としては勝利したものの、人の感情は勝ち取れない。アメリカという社会は、本能的に労働者階級をナンバー1にしたくないのです。

アメリカ国民が求めているのは完全無欠のヒーローなのです。素行の悪い“女王”なんてもってのほか。ましてや出自が労働者階級なんかであっちゃいけないんです。だって気付いてる?アメリカン・ヒーローって富豪とか上流階級とかが多いんだぜ(逆に日本では金持ちは悪役側になることが多いと思う)。 労働者階級に相応しいのはヒーローを輝かせるための“引き立て役”。つまり敵役がお似合い。 だから彼女は、無意識に(最後は意識的に)ヒールへと流れつくのです。

この悪役こそが、労働者階級にとってのアメリカン・ドリームの最高峰だ!とこの映画は語っているのです。 それを第三者ではなく、労働者階級のトーニャ自身が語ることで、それが事実かどうかじゃなくて(この事件自体も同様)、彼女たちの階級は「そう感じている」、この階級の者はそう感じている“社会”だ、ということを描いているのです。 環境が彼女のキャラを作り、そのキャラ故にヒーローではなくヒールに流れ着き、ヒールであるが故にその環境から抜け出せない悪循環。

こうした「社会」という大きな流れに、「個人」の運命も重なる。 たった一度だけの「冬季オリンピック2年後開催」という奇跡。あきらめていたチャンスがもう一度巡ってくる。これを運命と呼ばずに何と呼ぶんだ!(<この映画の俺のクライマックス)

高度なスケートの見せ方、ケレン味たっぷりの演出、浮かび上がる社会背景、事実としての個人の運命。 いろんなものが巧く重なり合って、感動した。感動して泣いた。これは拾い物の映画。

余談

書きながら思ったんですけど、国によるヒーロー観の違いは、奴隷制度などの歴史的な背景があるのかもしれませんね。いずれ調べてみたいな。日米以外のヒーロー知らないけど。面倒だから思ってるだけで調べないけど。

(18.05.06 TOHOシネマズ新宿にて鑑賞)

(評価:★5)

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