コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] カムバック・トゥ・ハリウッド!!(2020/米)

1974年は、前年にジョン・フォードが他界し、ウェインが『ブラニガン』などの刑事モノに出演した時期、ということが意識されているのだろうと思う。本作における、かつての大スターの名前はデュークなのだ。
ゑぎ

 この時代に西部劇を作る、ということについては、いくつかの意味があるだろう。一つは、製作者のロバート・デ・ニーロが、本気で製作するつもりがない(保険金目当てでしかない)ということを端的に表すジャンルということ。もう一つ重要なのは、才能あるスタフ・キャストで一所懸命に作れば、良い映画ができる、それが、廃れたジャンルの西部劇だからこそ際立つ、という効果だ。

 と、いうようなことを考察してみたが、本作はこのあたりを、全然上手く表現できていないのだ。とにかく、いろいろな点で荒っぽい出来だ。まず、デ・ニーロのキャラクターはかなり問題があるだろう。多分、純然たるコメディパートだと思うのだが、ライバル製作者、エミール・ハーシュのお抱えスター俳優の転落事故を喜ぶ場面は、流石に酷いと思った(甥のザック・ブラフが批判してバランスを取るが)。また、マフィア役のモーガン・フリーマン御一行が全然怖くないのも、矢張り、コメディ基調が志向されているからだ。このあたりが、中途半端に出来上がっている。

 そういったこともあって、実は撮影が始まるまで退屈したのだが、起用された女性監督、ケイト・カッツマンがとても綺麗で目が覚める思いをした。しかし、1970年代半ばの時代に、若い女性を監督に抜擢する、ということにも、当然含意がある。実質的には、トミー・リー・ジョーンズが選んだのであり、彼の進歩的な性向を表しているのと、こゝでも、真面目に映画を作る気がないデ・ニーロには、誰でも良い、というようなところを表している。ただし、エンディング近くに、カッツマンがレズビアンであることを公の場で宣言するような描き込みまでされてしまうと、私には、まるでこの映画全体がパラレル・ワールドでの出来事のように感じられてしまった。

 さて、撮影フェーズ以降も、画面造型や繋ぎは荒っぽい。例えば馬の演出、牡牛と子供、牡牛とデ・ニーロ、といった場面も、あるべきカットが足りないと思える。さらに、クライマックスと云ってもいい屋外でのラッシュフィルムの上映シーンが、がっかりさせられるものなのだ。デ・ニーロやフリーマンたちが感激するのは、そういう体(てい)だと思ってスルーしてもいいが、実際のところ、私たち観客にとっては、本作中の既視のカットばかりじゃないか。やっぱり、こゝで、別撮りカットも欲しかった。それには、撮影シーンで複数台のカメラを見せておくべきだが。

 最後に、オスカー受賞ということが、モチベーションとして強く描かれているのが気になった(いまだに、こんなつまらん賞を権威として持ち上げるのか)。ただし、良いシーン、良い画面、つまり断片というか細部、あるいは、撮影現場での創意が、オスカーに結びつく、映画は脚本ではない、ということを前提に描かれているのは、本作の良い部分だ。

(評価:★2)

投票

このコメントを気に入った人達 (1 人)ペペロンチーノ[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。