また、劇伴は冒頭からバーナード・ハーマンみたい、と思っていると、風吹ジュンの家に車（ワーゲン）が入って行くシーンの、ゆっくりと走行するカットを見た時点で『めまい』を想起した。その後、マンション駐車場でのキスシーンは、二人の周りを360度回転（移動）するカットなのだ。

　また、主要キャストは皆好演と思う。黒木華は、風吹ジュンから「もっと思っていることを口に出しなさい」と云われるが、秘めたる想いを視線の演技で上手く表現している。対して、本作の柄本佑も上手いのは分かるが、全体に、心理を言動で説明し過ぎではないか。独り言も多いけれど、例えば教習所の中に入って偵察する場面なんかは、アクションもやり過ぎに思う。

　あと、奈緒の職業意識と私欲とのスイッチ転換が可愛い。教習所の先生−金子大地の真摯な雰囲気も、見事に効いている。彼の登場が、オフの声のみで、先に漫画の登場人物として処理されるのも上手い。だが、全編通じて、風吹ジュンのとぼけた、かつ泰然とした造型が、この映画を懐深いものにしている点は大きいだろう。

　収束は、もっと厳しくても良いと思ったが（誰に対して？）、それでも悪くない着地点だと私は思う。現実的な倫理観と映画における倫理のプライオリティは異なる。ラスト近くの早朝のシーンで、手を繋いで車へ向かう２人に、風吹ジュンが近づいて、声をかける。こゝで全然説教臭くないのがいいのだ。