[コメント] MINAMATA -ミナマタ-(2020/米=英)
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本作の劇映画としての不満はおそらく、動機の不在にあるだろう。ユージン・スミス(ジョニー・デップ)はアイリーンからの写真見ただけで、なぜあれほど水俣取材に後半生を費やしたのか掴めず、アイリーン(美波)に惚れたからだろうという解釈まで惹起される。
アイリーン(本物)は語っている。これをしなければならない、と感じたとき、大抵の人は知識を得ようと書物を読んだり、友人に意見を聞きに行く。スミスはそうしなかった。現場へ直行した、と。そういう人物に、観客を納得させる動機などないのだろう。
無論、私が現場へ直行して何ができる訳でもない。スミスにはカメラがあった。20世紀屈指の感性と撮影技術があった。天才は仰ぎ見るばかりだ。しかしスミスは素晴らしい天才だった。ジョン・レノンはソロになる前後、自分の名声を有効に使おうとして政治的になり、ベトナム戦争反対のデモに飛び込んだ(政治的活動は73年の大統領選まで続いた)。スミスも天才を社会に還した。
1971年、スミスは回顧展の準備をしており、暗室で「楽園への歩み」ほか彼の代表作が回顧される。ここからして虚構の物語手法だろう(その他、水俣ではアコーディオン弾く青年も再現されている。他にもあったのだろう)。
そして本筋は代表作「入浴する智子と母」が撮られるまでの記録だった(正反対の方法論だがゴダール『パッション』が想起される)。来日初日にふたりは被害者の家に泊めて貰う。アキコの食事に毎日5時間かかると母親が云う。途中でアイリーンは翻訳を止め、スミスは背中を撫でる。撮影許可をくださいと云うと家族の顔は曇る。物語はスミスが被害者の信頼を勝ち得るまでを描く。暴漢に暗室焼かれて共感を得るという結果は派手だが、観るべきはそこに至る市民のやんわりした拒絶の数々だろう。
アイリーンはスミスにアキコの面倒を1時間だけみろと云って出かけてしまう。スミスは恐る恐る抱いて、縁側に座ってふたりで海を見下ろして、スミスはディランの「フォーエバー・ヤング」を口ずさむ。素晴らしい選曲。この件は感じ入るものがあった。私は障碍児を抱いたことがない。こんな具合に上手く抱けるだろうかと思った。
チッソは名指しだが、工場の奇怪な三本煙突も虚構を主張するのだろう。社長の国村隼は地元雇用を支えている、借金調べて多いところから見舞金送っている(安いのだろう)、地域共同体が解決する(スミスはファック・ユーと返す)、社会が成り立つには多少の犠牲が必要(戦争の暗喩)といろいろ語る。これらの答弁はマニュアル化されているだろう。交渉仕切る山崎(真田広之)は何人か抗議者の合成なんだろう。賠償金が出る(少額なんだろう)のを邪魔するなと会議で孤立。株主総会の門前で投石合戦(500人と云われる)、スミスもどさくさで殴られる。
白衣着て病院に突撃潜入して撮影。これぞジャーナリスト魂という件だった。侵入罪など屁とも思わないぜ。人権のほうが大事なんだ。「写真いいですか」「顔は勘弁してくれ」と顔隠す手が奇形という強烈なショットがあった。ホラー映画に似るが、優れたホラーには本来、潜在的な被害者という含みがあるものだ。
カメラを渡し(「やるよ、もうウンザリなんだ」)返すシゲルと呼ばれる青年との交流がいい。中盤、投げやりになったスミスは酔っ払って催促するライフの社長に「強い者が弱い者を虐める。どこにでもある話さ」と電話する。当時のライフは広告が紙面の二分の三を占めていたと云われる。これはライフの社長の改心話でもあった。さっと彼を主役にする作劇も印象に残る。ライフは数年後に終刊している。
写真の世界公表で良かったねで映画は終わらず報告が続く。エンドタイトルで、インドネシア、ウクライナ、ハンガリーと延々続く全世界の同様の公害被害の報告は圧巻で、ある意味本作の山だった。同じ抑圧の物語は山ほどある。アメリカのリベラルはこれらを製作し続け、日本では輸入品を鑑賞するしかないのだろう。
水俣病の熊本県での認定申請者数は2万2千余人のうち認定患者数は1790人(2021年8月末)。鹿児島県にも掛ける1/4の被害者がいる。被害者のほうが文書なりで被害を証明しなければならないという不条理がある。
水俣市がこの映画を後援しないのは國村と同根の拒否がいまも続いていることを端的に証明している。私は水俣病資料館(水俣市立)を覗いたことがあるが、石牟礼道子も土本典昭も立派なコーナーで紹介されていたものだった。今回の措置は行政の劣化に他ならないと思う。本当のアイリーンは田中真紀子そっくりな人だ。美術は予算少ないんだろうが頑張っていて、撮影はこまめにピン送りするのが古典的。
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