[コメント] アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版(2021/ルーマニア=チェコ=クロアチア)
実直な女教師の極めて私的な性行為動画が流出する。爆弾が投げ込まれたように関係者は騒然となる。でも、流出させた個人も、された世間も、何故それが一大事なのかよく分かっていないのだ。だって、性行為が露出してはいけない理由なんて、誰も説明できないのだから。
個人ではまっとうな営為が、世間では恥ずべき悪にすらなる。そんな矛盾を誤魔化すために世間はひたすらヒステリックに“そのこと”に対処する。
冒頭はいきなり夫婦の性行為動画。そして3つのパートに分けられ話は進む。
〈パート1〉で描かれるのは「世間」の外面(そとづら)。女教師(カーチャ・パスカリュー)が街のなかを延々と歩く。周りの誰も彼女が爆弾を投下した事実を知らない。そんな平穏そうな街のなかに潜む“苛立ち”が、ときどき人の不寛容さとなって露見する。単調なシーンの連続の向こうに平穏という薄い膜に覆われた世間の外面が浮かぶ。このパートが一番面白かった。
〈パート2〉では、そんな「世間」を作り出した過去から今へと至る社会的な出来事の記憶が皮肉を込めて連打される。見えてくるのは、膨大すぎて抱えきれずに「世間」のなかに埋もれて曖昧になった社会の記憶。既存のアーカイブ映像とオリジナル映像で構成されているようだが、端的に言って既視感のあるパート。
そして、女教師と父母が対峙する〈パート3〉。(個々人としては日々性行為に励む)同胞である女教師と「世間」を代弁する個人の役割をあてがわれた父母たち。彼らの“口撃”は性行為という爆弾に脅える俗人の悪あがきだ。共犯者であり同好者である彼らが行き着く先は当然すぎる坩堝のなか。もっとアナーキーな展開を期待していたが結末は意外と内向き。
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