[コメント] こちらあみ子(2022/日)
次に下校風景。ガードレールを木の枝で叩きながら歩くあみ子−大沢一菜。もうこゝから、音が気になる。全き音の映画。これは傑作かも、と思わせる良いオープニングなのだ。
先に音のことをまとめて書いておこう。冒頭から音が氾濫するが、特に印象深い音を列挙します。トウモロコシをかじる音、またその粒を手で潰す音。チョコレートクッキーのチョコレートだけ舐める音。トランシーバーから聞こえるノイズ。母親の号泣。暴走族のバイク。トイレで囲まれて脛を蹴られる音(木魚みたい、という科白がある)。そしてベランダの物音と「おばけなんてないさ」の歌唱。また、あみ子の絶叫科白の数々も音として指摘できるだろう(これはちょっと煩いと感じたが)。
また、音と同時に、水や液体の画面への取入れも多く、これも矢張り意識して造型されているのだと思う。トウモロコシを潰す際は、音もそうだが、思いの外水分が滴るし、墨汁、廊下での破水、顔面からの出血、川や海が重要な場面で出て来るなど。特に中盤では、川の横の道を歩く、ノリ君とあみ子を対岸から横移動撮影でとらえたショットが溝口みたいな演出だし、終盤の、浜辺の側の道を行くあみ子を、仰角横移動で追うショットもとてもいいと思った。
そして、私が、この映画を良いと感じる一番のポイントは、人物の突き放しの鮮やかさ、図太さだ。例えば母親の扱い、尾野真千子は中盤以降、顔も隠蔽される扱いだ。いや父親−井浦新(ARATA)も、兄−奥村天晴も、ノリ君−大関悠士だって、まったく宙ぶらりんのまゝではないか。保健室での長い沈黙と暴力の爆発の描写はちょっとバランスが悪いと感じたけれど、あみ子もノリ君も突き放した画角はやっぱり効果的だったと思う。そんな中で、あみ子にしばしば話しかける坊主頭の男子−橘高亨牧の存在がいい。ノリ君以外は目に入らないあみ子が、「さては、あみ子をよく知っとる人じゃね」と云う科白には笑ってしまった。
さて、実は映画を見たあと、気になって原作を読んだ。矢張り、多少の取捨選択や改変部分はあっても、主要なプロットやキャラ設定あるいは科白などは、原作通りで、原作の力は勿論大きい。しかし、上にあげたような画面と音の造型が、本作を映画として面白くしている部分も多々あることがようく分かった。新人監督の仕事としては、今後に大きく期待を持たせるものだと思う。
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