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[コメント] かがみの孤城(2022/日)

弱い者に寄り添う想像力と技術が素晴らしい。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







どうして学校に行けないのか、どうしてもっと強くなれないのか、まわりに助けを求めるなどしてどうして問題解決に向かおうとしないのか。こういう正論に反論もできずただただ引きこもる子どもたちの内面を、本当は7人の子どもたちそれぞれを描いていくはずではあるが、尺の都合で一人の主人公安西こころに焦点をしぼって描かかれた作品ということだろうか。こころとアキ以外の子どもたちの掘り下げももっと描いて欲しかったがやむを得ないように思う。しかしその分、こころの描写はとても丁寧に描かれていて、彼女の「本当にお腹が痛いのに」という、そのお腹の痛みすら伝わってくるくらい、こころの気持ちが伝わってきた。自分はいじめにも合わず弱者だった時期は少ない方だったが、子どもの頃にまだ世の中に対して対向できる力も技術もなく、確かにそういう「弱者」だった頃の記憶が蘇ってきた。

そういう、大抵の人が特段自分で努力などしなくても大人になったら自然に解決されていく子どもゆえの弱さのようなものを思い起こさせてくれる力がこの作品にはあった。それは第一に原作の力(未読だけど)なのだと思うが、アニメの的確な演出も感じた。一人で留守番している時に真田さんとその一群に自宅を取り囲まれるところの描写の、本心なのか芝居なのか被害者意識全開で泣き叫ぶ真田さんと、「真田さんのことを思って」やってきた「善良な部外者」の窓の外のカーテン越しの影の姿は、大人の自分でも恐怖を感じる。家の周りを取り囲む人たちはまさしく影=顔のない人たちで、自分たちは取り囲んでつるしあげようなどとは思ってやったわけでもないのに、結果的にそういう態勢を組んでしまっている主体を失っている群衆なのだ。こうした主体を失っていることにすら自覚もなくただただ拳を振り回す側の人たちの姿は、最近『福田村事件』などでも描かれているが、こういう「扇動された人々」の起こす暴動の怖さは、子どもの頃にいじめを受けた経験のない大人でも十分理解することができる。どうして主人公は学校が怖いのか、もしかしたらこういう当事者意識という主体のない人々に囲まれることこそが「いじめ」というものの本質なのではないか、そういうことを想像させてくれるからだ。この心のありようを想像できない人たち(自分も含めて)に、わかるように伝えるということは本当に素晴らしい想像力と技術だと思う。

今抱えている問題は、自分が大人になれば解決できることだし、大人の自分にだったらきっと今の自分を助けてあげられるんだからそれまで我慢して、というメッセージには強く打たれた。これを自助というのだろう。いま辛い日々を送っている子どもたちに届くことを本気で祈ってやまないし、この作品はその力があると思うので、もし周囲にそういう子どもがいて、何か勇気を与える物語を贈ってあげようと思うならおすすめできると思う。なぜならこの物語の本当に素晴らしいところは、「現実にはこんな城などどこにもない」と自助の大切さを訴えているからだ。ファンタジーっぽく装われているが甘いファンタジーではないのだ。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)DSCH ペンクロフ[*]

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