[コメント] 福田村事件(2023/日)
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関東大震災から今年でちょうど100年。そんな100年後の9月1日、本作は震災の裏で起こっていた凄惨な事件を扱った作品。
“福田村事件”なんて恥ずかしながら全く知らない歴史でしたが、我々日本人は知っておかなければいけない歴史だと思います。それは決して過去の出来事ではなく、今でも起こり得ることのように本作は描いてくれていて、事件だけをピックアップしたドキュメンタリー映画ではなく、そこに至るまでの経緯も含めた群像劇となっています。 ラストでも描かれますが、関東大震災の混乱に乗じて「朝鮮人が井戸に毒薬を投げ入れた」「朝鮮人が武器を持って襲ってくる」などの根も葉もない噂が流れていき、パニックに陥った日本人は約6000人の朝鮮人を虐殺しました。そしてそれは、本作のように朝鮮人だけに限った話ではないという事実はやはり知っておかねばなりません。このレビューは思いきりネタバレしますので、ぜひ興味を持っていただけたら間違いなく傑作でもあるので、鑑賞することを強くおすすめします。
そもそもの背景として、日韓併合によって日本の統治下に置かれた朝鮮人という構図があって、そこに明確な上下関係、差別意識ってのが生まれていたんですよね。日本人が上で力があるからこそ朝鮮人をいじめてきたという自覚があり、それと同時に恨みを買っていることもわかっていて、復讐されるかもしれないという不安は心の中に抱えているわけです。 そんな最中、1923年関東大震災が発生。これ自体は紛れもない天災であり、どうにもできないことであるにも関わらず、日本の権力者は不安の矛先を朝鮮人に向けるように扇動。流言飛語はあっという間に伝播し、とうとう9月6日に福田村事件は起こってしまうわけです。
福田村事件の被害に遭うのは香川からやってきた行商団なんですよね。つまり日本人でした。「病は気から」と、効能の怪しい薬を売っていた彼らが、事実如何ではなく、被害に遭ってしまうのも皮肉なものですね。 当時まだテレビやラジオなんかがない時代、地方の方言なんかは理解されにくく、作中での聞き取りづらさなんかでもろに体感できますが、ああいう疑心暗鬼の状態なら疑いの目を向けられてもおかしくない状況にあったと思います。 被害者は9名。あの時のじゃんけんの結果がこんな形で運命を分けてしまうとは誰も予想しないでしょう。男女子ども問わず、出産間近の妊婦もいたと考えると10名といった方が適切かもしれません。 作中でも生き残った子どもが語っていましたね。「“望”という漢字で、男なら“のぞむ”、女なら“のぞみ“。同じ漢字で違う読み方をする。ちゃんと名前があるんです」と。被害者9名とか10名ではなく、れっきとした名前がひとりひとりにあるんだと。同じ見た目、同じ人間、同じ日本人で、違う生まれ、違う育ちなだけじゃないかと。そう言い聞かせられているように感じました。
行商団の中心にいたのが永山瑛太さん。やはり間際に放った「朝鮮人なら殺していいのか」って言葉にはシンプルに心打たれたわけですが、あの状況でそれを言わずにはおけなかった背景もしっかりと描かれていたからこそ説得力がありましたね。穢多としての被部落差別の意識ってのがあったからこそ、薬が売れなくなるから生まれについては語らないように注意するとか、朝鮮飴を買ってあげるとか、被害者側の気持ちがわかるキャラクターとして描かれていました。
朝鮮飴でいえば、あの女性新聞記者を演じた木竜麻生さんのシーンも響きましたね。「新聞は何のためにあるのか。権力は正しいのか」という趣旨の言葉はグサっと刺さりますし、その後の朝鮮飴に滲む血は視覚的に訴えてきました。
群像劇なので井浦新さんであったり田中麗奈さんであったり、東出くんや豊原さんのくだりなんかも印象的でしたし、腹立たしくも水道橋博士の演技なんかも素晴らしく、それらがラストの境内に収斂していく展開は個人的には無駄がなく、見応えがあったように思います。
しかしラストはしんどかったですね。太鼓のリズムに相まって、何をどうやっても止めらない空気感。集団心理の恐ろしさが詰まっていましたね。事実がどうかとか正しいことが何なのかとかは全く意味がなく、不安に駆られ、デマだろうが何だろうが安心できる、信じたいことだけを信じ、自衛のために攻撃する。今の世でも起こり得ることですからね。 今はインターネットであらゆる情報が手に入る世の中ですが、一方でその情報の信憑性ってのは定かではありませんからね。むしろ本作のように新聞メディアなどの情報操作の可能性もあるわけで、事実を見たのか、誰の情報なのか、なんてことを疑わずに鵜呑みにしていく結果、SNSで叩かれたりアンチによる被害が出たりするのでしょうから。
そういう意味で、柄本明演じるキャラクターが自分が流したデマを悔いているシーンは大事だったりするんでしょうね。また、田中麗奈さんと東山くんの不貞を目の当たりにして、おぶって帰る井浦新さんの姿がまさに我々が取るべき行動のメタファーのようにも思えます。
何にせよ、いつの時代も変わらない普遍的なテーマだと突きつけられる作品であり、関東大震災からちょうど100年、福田村事件からちょうど100年の節目の今だからこそ見ておくべき作品だと思いました。唯一気になったのは、個人的に震災シーンとラストの虐殺シーンに迫力に欠けていた点です。悪しからず。
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