[コメント] ヤジと民主主義 劇場拡大版(2023/日)
警備課は公安課と兄弟だから政権の権威に乗じて恣意的に「人を黙らせるやり口」はこんなものだろ。むしろそれを漫然と傍観している道警になめられた北海道のテレビメディアがなさけない。で、一番ヤバイと思ったのは取り締まりの理由が「迷惑だから」だったこと。
排除された男性と女性は、それぞれ別の日に保守系候補の街頭演説会で「安倍辞めろ!」を一人で連呼し続け「周りの人に迷惑だ」という理由でテレビメディアや衆人の目の前で、その場から引きずられるように排除された。
こわいと感じたのは聴衆はもとよりメディア関係者も、この「安倍辞めろ」の連呼を「迷惑」な行為として追認していた節があること。この誰もが(私も)持ちうる「迷惑だ」という感情が個々人のなかで肥大化したり、集団として暴走することの恐ろしさだ。(コロナ騒動のときにその兆しがあったよね)
この万能の正当性を有しているかに思える「周りに対して迷惑だ」という理由で、安易に発言を規制したり自粛してしまうことが一番やばい。だから誰からも「迷惑だ」と言わせない正当な訴え方(それが不規則な野次だとしても)のセレクトの難しさについて考え込んでしまった。
正直に書くが、特定の支持者が集まった場所で「安倍辞めろ!」を一人で連呼することは、敵対者に「迷惑だ」と言わしめる隙を与えてしまっているように思います。抵抗という行為には緻密な戦略が必要で「野次」はそれに準じた戦術のひとつとして、もっと有効に実践されるべきだと思う。いやそれは違う。そこで日和るのではなく声をあげ続けることが重要なのだという反論は承知うえです。
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