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[コメント] 哀れなるものたち(2023/英)

もとより、超広角レンズの使い倒しは見る前から予想していたので、そこは我慢する覚悟を決めていたのだが、しかしそれでも、魚眼レンズとそれを強調するような、アイリスのような除き窓のような丸い視野の画面の頻出には辟易した。
ゑぎ

 どうしてこんな画面を好むのだろう。ただし、『女王陛下のお気に入り』みたいに素早いパンニングと併せて使う場面が少なかったのは、まだ救いと思った(ゆるやかなズーミングとの合わせ技は多かったが)。また、アスペクト比の選択がヨーロピアンビスタ(アメリカンビスタのスクリーンの左右に少し余白が出る画面)なのも救いだろう。この広角遣いをシネスコでされた日には、見れたものじゃないと思う。

 冒頭の、青いドレスを着たエマ・ストーンの後ろ姿に寄る、プロローグ的な過去場面はカラー。劇中の現在時点、ウィレム・デフォーが主導するシーンはモノクロで描かれて始まる。序盤はずっとモノクロで、フラッシュバック的なストーンの過去だけがカラーなので、現在時制はモノクロ、過去はカラーという切り分けで通すのかと思っていたら、マーク・ラファロとのリスボンの場面から現在もカラーになる。このモノクロとカラーの転換の意味合いは、ストーンの心性に合わせた転換ということだと思うが、私には取ってつけたようで、あまり上手くいっていると思えない。

 本作の特筆すべき良い点は色遣いだろう。照明撮影の基調として、全体に黄色い画面を作っているが、美術・装置と衣裳は、青や赤も多く、沢山のシーンで色だけは面白く見た。上にも書いたようにストーンの衣裳は過去は青、中盤は黄色やベージュの薄い生地のコートというかガウンのようなものを羽織っている場面も目立ち、終盤のロンドンの場面(デフォーの邸ではない別の邸の場面)では、赤いドレスが印象に残る。また、リスボンからアレクサンドリアを経てフランスへ至る航海中の場面での海と空の人工的な造型には素直に瞠目する。ついでに云うと、こゝで出て来る老婦人役のハンナ・シグラがとても度量の大きい人物に描かれており、これは嬉しかったが、彼女に対しては、広角レンズの使用が一切無かったと思う。これって、この大女優に対する敬意の表れかとも感じられた(って皮肉ですよ)。

 あと、細かいところで良かった点をあげておく。まず、デフォーの邸で見られる鳥犬とか豚鳥とか犬山羊みたいなハイブリッドの造型。それと、食事シーンで、デフォーが口から球体(浮遊するシャボン玉みたいなもの)を吐き、空中で割れる場面が反復されるが、これは面白い!ストーンが普通にシャボン玉で遊んでいるシーンもあるし、リスボンでもアレクサンドリアでも、空中のケーブルカーの浮遊イメージが後景に描かれる。あるいは、チャプタータイトル(地名の紹介)画面なんかでも、ストーンの浮遊イメージが出て来るとか、勿論、冒頭の落下も含めて、浮遊イメージは繰り返し描かれている。これら浮遊や落下にも関わる事柄として、高低を意識させる画面造型も随所でアイキャッチした。デフォーの邸の屋根上のシーン、アレクサンドリアでの高級ホテルと貧民窟の対比、地上へ飛び降りようとするストーンのショットなど。

(評価:★3)

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