[コメント] ぼくのお日さま(2023/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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中西希亜良のフィギュアスケートが延々撮られる。俗っぽいカット割りで面白くない。さらにリンクは殆ど照明が灯されず(一度だけナイターになるが)、窓からの採光で撮られ、決め処ではこれが派手に使われる。その仄暗さが省エネ時代のリアルな風景という受け止めもアリだとは思うが、いかにも通俗である。そもそもこんな光はスケーターが眼に入って滑りにくかろう、という処でリアリズムを損なってもいる。別の場面でも差込む陽の光が、これでもかと多用される。『(秘)色情めす市場』のシンプルさと好対照である。
越山敬達は中西の練習を見続け、自分でも踊り始める。越山は中西に同化しようとしている。彼女に異性として惹かれたというよりも、フィギュアスケートに惹かれたと見える。異性に惹かれたのなら相手の真似などしないだろう。この疑問は最後まで続く。中西の造型は最後まで殆ど人形のままで、越山が好きになる要素が感じられないせいでもある。
池松壮亮は彼にフィギュア用のスケート靴を貸し与え、無償の練習が始まる。この中盤はとてもいい。両手で綱張って滑るという学びのある練習、ベンチで揃ってカップ麺喰らい、半回転ができたと悦び合う。池松の発案で荒川とペアでアイスダンス、三人でカップ麺喰らって、みんな自宅でも練習し、凍った湖のダンスに至る。多幸感溢れており愉しい。
本作は、この華やかな中盤で終わらせるべきだった。つまらない物語を付け足したものだ。ありふれた起承転結を回避するのは今や基本テクだろう(『ナミビアの砂漠』は正にそうしている)。LGBT差別について機会ある度に語るのは必要だろう。良識は伝わる。しかし作者に映画にするほどの見識があるとは思われない。あの素晴らしい『僕はイエス様が嫌い』のキリスト教解釈から、随分な後退でびっくりした。腫れ物に触るような及び腰の演出で、90年代の橋口の連作からの劣化甚だしい。田舎町ってのはこんな差別あるよね、という詰まらない感想しか出てこないのである。
さて、本作にはミソジニー(女性嫌悪)の裏主題があるだろう。登場する女性はほぼ全員が悪役を請け負っている。越山の母は食卓で彼にホッケーかフィギュアか選べ、などとがみがみ云い、無口な父はゆっくり考えなさいとフォローし、彼も吃音だと明かされる。越山の吃音を揶揄うのは唯一、中西の女友達(彼女も池松の生徒なのだろうか判然としない)で、越山を応援し続ける彼のユーモラスな男友達と対照されている。中西の母は送り迎えの車中で中西に通俗な娘の出世話を語り続け、事件後に池松との契約を破棄して、娘に近づかないで下さいと云い放って去り、池松を町にいられなくする。吃音についても、国語の朗読で越山を「ゆっくりでいいからな」と励ますのは男性教師であった。
中西については、殆ど造型が施されない。若干の嫉妬を見せた後に越山とのアイスダンスを承諾し、大会直前に「タクヤ君のことが好きなんですか」「男の子に女のスポーツやらせて愉しんでいるんですか」「キモチワル」と云い放って去り、(おそらくは母の差し金で)失礼極まることに断わりもなく大会をサボタージュし、終盤ひとりでフィギア滑って、収束に越山と路上で対面するだけである。殆どスケートを滑りに出演しているようなものだ(なお、池松は練習において越山に、中西にいいところみせろと励ましており、中西には越山がよくなったのは君のお陰だと感謝を語っている。池松は越山を性的対象としては見ていないと強調されている)。
この収束、私は、男子たるもの、いかにこの困ったオンナたちと向き合うべきかという困難を現しているのだとしか受け取れない。先に書いたように、越山が中西に惚れているとは思われない。だから告白するのだとも思われない。季節が巡り春が来てぼくのお日さま、という纏めなんだろうが、それならただ外見に惚れただけである。また、困難は吃音のせいとされるエンドタイトルの歌は、いい歌だが芯を外しているだろう。吃音の苦難は本篇で殆ど描かれないのから。
この収束で越山が中西に問うべきは、なぜ池松を排斥したのか、だろう。当然である。しかしそんな会話は期待できない。越山がLGBTについてどのような見解を持っているのか、全く描かれていないし、池松がゲイだとも認識もしていないらしい。彼は無垢のままに留まっている。一方の中西(とその母)も、ゲイは気持ち悪いぐらいの認識である。そんな子供二人を向かい会わせても何も出てこない。『僕はイエス様が嫌い』の子供たちから魂を抜いた具合であった。
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