[コメント] 敵(2025/日)
ただ生き延びるために生きることなど受け入れられない、とこの老人(長塚京三)は言う。老人は大学教授というステータスによる自尊心を守るために残りの人生を費やそうとしているのだ。そして老人の煩悩はステータスを頼りに再勃起を夢想して自尊心は空中分解する。
この老人が住む家は、古い納屋と涸れ井戸と少しの植木のある庭と、それを臨む縁側のある古い和風の建付け家屋だが、どうやら畳敷きの部屋はなさそうで、食卓の椅子やテーブルやステンレス製のキッチンはかつてのモダニズムを、備え付けのような大きな本棚は重苦しい威厳を放つ。そこには典型的な昭和の知的エリートの暮らしの残滓がこびりついている。そして行きつけのバーの名は「夜間飛行」。フランスのサン=テグジュペリの小説の題名からとられているらしい。
映画は、この日本家屋とバーしか出てこない。そこで語られる物語からは色彩が排除され明暗の階調による無彩色の世界のなかで展開する。この老インテリの世界は内側に向けて狭く閉じられているのだ。その閉鎖領域は自尊心を守るためのだけに生きる脳内とシンクロし“敵”によって攪乱される。
幸いにして私は守るべきステータスなど築いてこなかったし、ごくごく些細な自尊心しか持ち合わせていない。もし私に老後の混沌が訪れたとしても、もっと穏便な錯乱であるはずだと、根拠なく思い願うのでありました。そんなことを考えた。
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