[コメント] 人間の壁(1959/日)
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石川達三の原作を山本薩夫は何度も映画化しているが、不思議な組合せだ。山本は共産党員だが石川はもちろん違う。本作では夫の南原伸二が共産党かと疑われて香川京子に「夫はアカじゃありません」と云わせている。当時の日教組は社会党右派・左派及び共産党の混淆だった(80年代まで分裂しなかったのは両党の関係では稀だろう)。悪役南原にはゲバルト肯定の科白もあり、すると社会党右派ではないことになる。この辺りの匙加減が微妙でよく判らない。
しかし本作では、こういう権力争いの図式は些末であり、教育委員長任命制や佐教組事件に対抗して、派閥を超えて一致団結した記録として尊いのだろう。それ故の山本と石川の共闘ということならよく判る。自民党、社会党と実名で語られるのは当時の政治映画としても稀(民自党とか云われたりする)。この事件の反省は教育費国庫負担制度に至ったのであり、共闘は真っ当な成果を上げたのだった(教科書がまだ無償でないこと、家庭教師をして稼ぐ教員のいたことも記録している)。
いろいろあった日教組だが、少なくとも本作の時点では正義を体現している。蛇足だがこの際書いておきたいのは、「政治臭さ」だのという上から目線の見解は本邦映画ファンの限界そのものだということである。政治を断念した日本映画は70年代にアナーキズムを指向し(有為の瀬々たちですらここで時間が止まっている。本来これだって政治なのだが)、80年代に表層批評の抽象を指向した。これは別に特権的なことではなく政治を語らなくなった大衆と一緒のことをしていただけである。そして日本は、2019年の統一地方選挙で無投票当選が27%に上昇の政治的無関心と、安倍首相が国会で野党へ「日教組」とヤジを飛ばす症状に至った。本作で語られる「日本人には日本人の教育がある」はとうに達成されている。
さて、本作の弱点は語がまだ途中であること。佐教組事件はまだ入口だし、組合に入った香川とドロップアウトした南原との対決がその後展開されなければ、南原の前振りが何だったのかよく判らない。続編ありきだったのだろうか。山本薩夫らしい悪役の魅力に乏しいのも弱い。三島雅夫の訳の判らない軟体動物のような大家(「先生は労働者じゃありませんよ」)と、珍しく老け役でない北林谷栄の全てをエロ噺に還元する有力者夫人(一斉に鳴る時計に戸惑う香川)は笑えるが、『台風騒動記』みたいな破壊力には届かない。嵯峨善兵さんにもっと頑張ってほしかった。
一方、本作の魅力は断然、教師と生徒の関係にある。浅井君の死の件、息子の棺桶を自前で作る頑固親父な東野英治郎の、香川の泪に感応するショットは本作のベストであり、山本薩夫が撮った最高のショット、名優東野のベストアクトのひとつに違いない。ここだけで本作は観る価値がある。内村君の作文の件も素晴らしい。昔は教育映画は商業系でも多く撮られたが、本作は屈指の作品だろう。
山本薩夫は、退職勧告をされた宇野重吉が職員室の向かいの席に座った件の香川のリアクションを香川に任せたらしい(そんな演出をするんだ)。いい演技を出来なくて後悔が残っていると香川は回想しているが、そんなことはないのである。香川みたいな先生に恵まれた人は幸福だ。
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