[コメント] 絞死刑(1968/日)
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1958年に起こった小松川女高生殺人事件(李少年事件)をモティーフに取った大島渚監督中期の名作にしてATGの第一回作品。
大島監督作品は初期の超が付くリアリティある人間描写を中心とした作品と後期の観念的な作品に二分されるが、その間にその中間体とも言えるメタフィクション的な作品がいくつかある。ATGという表現様式を手に入れた大島監督のチャレンジ精神が分かる作風で、私に言わせれば、この時代の作品が一番完成度が高い。これは国家制度というハード的なものを例に取りつつ、フィジカルなソフト面をも見据え、脅威のバランスを誇っている。
人の死に際しての厳粛な雰囲気が一転し、まるで祭りのような寸劇コメディへと話がシフトしていくと、もはや何が何だか。と言う感じになってしまうのだが、一番の悲劇である当人Rが、その中で一人超然とし、心の内面に入っていく二面性が面白い。国家の制度とか、そう言う点については作品を通して実は何も決着が付いていないのだが、決着が付いていないからこそ意味があるとするのが本作の本当の狙いなのだろう。ネタを提供してやるから、後は考えてくれ。という事だ。これは大島監督自身が国家というシステムに対し、大きな不信感を持っていたと言うことにも関係してくるのだろうが、革命というもの自体にも不信感を募らせていたのではないだろうか?特に1968年というと、革命闘争にとっては一つの時代の終焉を告げた年で、革命は理念ではなく、破壊のための闘争へと移っていた。それに替わるものが見いだせないまま、迷走していく…本作はまるでそんな時代そのものを切り取ったかのような描写となっている。
こういうメタフィクションが私は大好きだが、特にこの手の作品は作り手のセンスが重要。何が何だか分からなくなりつつも、観てるこっちの心に傷痕を残してくれるようなものこそがやはり良い。そう言う意味で大島監督はその高みで映画を作ってくれる監督だったんだが…数が少ないのが難点か。
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